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落葉の化学~「コロ助の科学質問箱」に捧ぐ

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30歳以上の方にはなじみの深いであろう「学研まんがシリーズ」。その中で非常に印象深かった『コロ助の科学質問箱』を交えてトピックをご紹介します。

Tshozoです。ああいう記事を書いたからと言ってそちら側のケは御座いません。

今回実家に戻って書籍整理をしていて、小さい頃貪るように読んだ「学研のまんがひみつシリーズ」を見つけました。

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ご存知、学研ひみつシリーズ第1巻「宇宙のひみつ」 

 天文小僧への道を決定づけた「宇宙のひみつ」「星と星座のひみつ」、楽しく読めた「植物のひみつ」「魚のひみつ」「発明・発見のひみつ」や、名著「病気のひみつ」「電気のひみつ」「自動車のひみつ」。どれも入念な調査が元になった素晴らしい内容で、絵柄も親しみやすく、基本をしっかりおさえたまたページ横の「まめちしき」の欄を読みながら疑問を持ったり空想にふけることが出来るなど極めて充実しており、おそらく理科系に進んだ30代以降のオッサン年配者には懐かしく思い出されることだと思います。

 その中で最も記憶に残っていたもの。それがタイトルにもある『コロ助の科学質問箱』です。なお『ワガハイは~ナリ』と喚く件のコロ助とは別物で、時期的にはこの本の方が先です(初版1972年)。

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学研「コロ助の科学質問箱(旧版)」 何回か表紙のバージョンが変わった模様

 内容的には、主人公のコロ助が日常の出来事や疑問に思ったことをトピックとしながらその中身に科学的な根拠を求めて調査していく、というものです。筆者(オッサン)が持っている初版の方の内容をざっと洗い出してみると、

●ひとだまってほんとうにあるの?

●日本の南東に幻の大陸があった?

?? ●雪の結晶はどうしてできるの?

? ?●まさつがなかったらどうなるの?

など、今でも好奇心を掻き立てる興味深いテーマを漫画にしています。小学生にとってはやや難易度は高いですが、とにかくわかりやすい。筆者が曲がりなりにも化学技術の端っこの業界でメシが食えているのもこの時の知識や好奇心が基礎になったと言っても過言ではありません。

で、今回はやや遅くなりましたが季節ネタということで、●『(落葉樹の)葉は秋になるとどうして落ちるの?』に化学物質(植物ホルモン)の面から説明をしていたシリーズを振り返ってみます。小学校のころの復習というえらくロングショットな復習ですがお付き合い頂ければ幸いです(高校の生物学のレベルですが・・・)。なお、内容としては①植物の葉っぱを枝に付くようにしているのはどんな物質か、そして②(秋になると)落葉を引き起こしているのはどういう物質か の2点に分けて説明致します。

 (ただ、いずれのホルモンの作用も実際には非常に難解で未だに議論が活発に行われており、今回紹介する内容も通説の一つにしか過ぎないことを付記させて頂きます)

koro_5.jpg ①(落葉樹の)葉が枝に何故付いているか

これ、冷静に考えてみると結構ナゾなことではないでしょうか。別に接着剤で付いているわけでもないのに、落ちない。しかし、秋になってくると落ちる。特定の植物類では単純に水分が欠乏する場合もあるからのようですが、一般的にはどういう化学物質が作用しているのでしょうか。

結論から言うと、植物ホルモン内で極めて重要な役割を果たす「Auxin(オーキシン)」という材料が関与しているためとみられています。このオーキシン、植物ホルモンの中で最も注目されている成分で、植物内の細胞壁の柔軟性向上、細胞伸長という人間で言う成長ホルモンに相当します。

koro_3.png主要なオーキシン類 左からIAA(Indoleacetic acid), Tryptophan, Dichlorophenoxyacetic acid

 オーキシンは歴史的にその存在が認められていたのはかなり古く、当時既に著名化学者であったDarwin親子の「オーツ麦を使った実験」により「植物に光当てるとなんか知らんが曲がるぞ」ということが確かめられていました。これが1880年代です。

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光を当てるときに先端を隠したり除去することで成長の方向が変化することを示したDarwinの実験

図はAddison Wesley Longman Inc.(こちら → ●)より引用

 この後に続くPeter Boysen-Jensen(デンマーク)、及びArpad Paal(ハンガリー)らによるゼラチンを応用した実験により、「植物の先端から植物を伸長させる物質が出ている」ことが結論付けられます。これらの植物学者の功績により植物内に成長を促進させる物質が存在することが予想され、その分子構造の同定は困難を極めたものの1935年には上図に示すような分子構造が特定されている状態になっていました。

 koro_8.png

伸長部の先端を切り取って成長物質(ホルモン)をゲルに吸収させ、そのゲルを先端部に半分戻すと

戻した半分側が成長し、成長方向が変わるPaal教授の実験 ・ 図は同上より引用

 ところが、です。その植物の中での作用をどうやって特定すればいいか。これは非常に難しい問題でした。上記のIAAは成長の著しい細胞部から検出されるものの、それが直接成長を促進させる直接的な要因であるかどうかを確定する技術は当時(1930年代)は未確立だったわけです。

これには結局、原爆を開発したマンハッタン計画の副生産物である炭素同位体合成法(ノーベル賞受賞者であるWillard Libby教授が開発)によるC14を利用するトレース法を用いることで解決します。C14は自然界には極僅かに存在しますが、その存在比率は極めて低く、特に化石燃料に含まれるような、古い材料に含まれるC14量はほぼゼロです。つまり石炭等のガスを使って育てた植物にはC14がほとんど含まれません。そこで、C14を大量に含んだ材料(CO2など)を取り込ませ、そのβ線の強度を追跡すれば、植物内をどうやって材料が移動しているかがある程度予想が付くことになります。実際、植物の光合成メカニズム「Calvin Cycle」を実証するために用いられたテクニックでした。 オーキシンの場合も同様で、C14で作ったIAAを用いその生体内ルートを特定する試みが継続して行われました。そしてついに細胞の伸長に関わることが確実視されたわけです。

 そして問題の落葉を防止する作用もそのプロセスで付随的に発見され、これを応用し類似構造物であるNAA(Naphtalene acetic acid),IBA(Indolebulylic acid)が農作物に使われるようになりました。「落ちるのを防ぐ」という機能が確かにあることが、実用上でも確かめられているということになります。

koro_11.pngオーキシン類の作用発見から農作物に応用されるようになったNAAとIBA

落葉防止だけでなく果実の落下防止にも有効とされる

 さらに、これらの材料を高濃度に植物へ散布することでその成長を阻害することが出来ることも明らかになりました。これが実は「除草剤」のはじまりで、ベトナム戦争に使われた悪名高い”Agent Orange”もその研究成果を応用したものの一つということになります。

②秋になるとどうして落ちるか?

もともと寒暖の差が大きい気候帯に生えていることの多い落葉樹としては、厳しい冬を乗り切るため幹内に栄養分を貯め込む必要があります。日照時間が短くなり光合成の能力が落ち、乾燥して水分が去りやすくなる状況では、葉部分は蒸散ばかり起こす「ムダメシ食い」になる可能性があるわけで、全体のことを考えると組織から一旦去ってもらわねばなりません。それが落葉が発生する主な理由と考えられています。

が、色々調べましたが何故落葉を引き起こす「化学物質」は未だ明らかでないようで、議論中です。ただ確実なのは、「アブサイシン酸が落葉を引き起こす」というかつて信じられていた通説は現在はかなり怪しくなっているということです。その代り、アブサイシン酸により発生しやすくなるエチレンの方が落葉を引き起こすという説の方が信憑性が持たれています。エチレンは果物の成熟や植物の老化に関わる、こちらも重要な化学物質(植物ホルモンの一種としてみられている)ですがアブサイシン酸が発見された当時はそれほど「落葉」という点では注目されずにいました。

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落葉のかつての容疑者、アブサイシン酸(アブシシン酸) 今の第一容疑者はエチレン(CH2=CH2)のもよう

 ではこのアブサイシン酸は一体何をしているのか。基本的には植物の「冬眠」や気孔の開閉に関わっているとのことですが、現在最も注目されているのが植物のストレス耐性を高める効果です。こちらも未だ検証中できちんと結論は出ていないのですが、もしその作用が解明されればオーキシンと同様に新しい農作物への作用化学物質としての応用が拓けるものと考えられます。

なお「コロ助の化学質問箱」ではこのアブサイシン酸が秋になるとオーキシンの接着機能を切る(ジャマする)ことで落葉が始まる、ということにポイントを置いて説明していました。これは結局今は通説ではなく、アブサイシン酸が落葉に関わっているという明確な証拠がないままとなっています。しかしその名「abscissic」の語源はラテン語の「切断」を意味する言葉で、やはりこの成分が見つかった当時(1955年頃~1980年あたり?)、そのような効果があると見られていました。つまり間違っていたというわけではなく、研究が進んだためのその正確な作用が明らかとなったと言うべきでしょう。また、上記のエチレンについても言及しているのはまったくもって素晴らしいと改めて感じます。

というわけで結構なボリュームになりましたがこの落葉の化学の概要を同書は見事に描き切っています。オーキシン、アブサイシン酸を擬人化し、それがどのように作用しているかを楽しいイメージで読者に伝えていました。上述のように結論としてその学説は間違っていたとしても、未だにその一コマ一コマを鮮明に思い出せるというのは、やはり本書が極めて優れた教育書である証拠だと思うのです。

なお、著者の内山安二氏は残念ながら2002年に亡くなられましたが、新聞連載等の一部の仕事はご子息の内山大助氏が引き継いでおられます。また、同書を高校時代に読んだ漫画家の「あさりよしとお」氏がその意思を継ぎ、同レベル、又はそれ以上の内容と密度の「まんがサイエンス」シリーズを20年以上にわたり描き続けてらっしゃいます。この作品もまた、きっと日本の科学小僧たちを生み出す原動力になっているのではないかと感じているのは筆者だけではないと信じます。

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学研「まんがサイエンス」第1巻(1991年初版) 同氏の代表作は『宇宙家族カールビンソン』など

 ということで今回はこんなところで。 今回は小学校時代の幸せな記憶に浸れた良い機会でした。

【私見】・・・というよりオッサンの独り言なのですが、最近出版されたひみつシリーズは内容がどうにも薄く感じました。図書館に置いてあったのを読んでみたところ、見るに堪えない絵柄、描き込みの少ないコマ、そして扱う範囲の狭さ。自分が大人になったのを差し引いても私が読んでいたものとの差は歴然としており、数秒で放り出してしまったほどです。

もちろん時代が異なっていることと予算の問題など色々言い訳はあるでしょう。しかし子供の目は正直で、難しい言葉を使っていたとしてもその不思議さ、面白さが明確なら何十年経っても覚えているものです。それこそが次世代に読ませたい、引き継がれる良書だと思うのです。でなければ、今、その内容を思い出して、こうして調べようともしません。出版不況の現在ですが、是非基本に立ち戻ったシリーズを期待いたします。

 なお、私のような回顧主義者兼敗北主義者のために、学研から「大人のひみつシリーズ」なるものが発行されていました。まだ届いてないのですが、今から読むのが楽しみです。こちらから(→ )購入できますのでご興味のある方は是非!

 

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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