植物は人間にとって生物活性を有する化合物など多用な分子を創出します。その創出においては、生物の反応場かつ触媒である酵素が活躍することで綿密な分子の作り分けと分子の多様性をもたらしています。その様子は、様々な有用な合成反応が開発されている今日でも非常に精巧であり驚嘆に値するものです。アルカロイドと呼ばれる生物活性分子群はその代表的な例であり、長年にわたる研究により様々な分子の生物の合成経路(生合成)が明らかとなっています。一見複雑かつ全く違う分子にみえても、同じ出発物質(中間体)から合成されていることが多いのです。
この度、北海道大学の大栗、及川らはアルカロイド生合成の経路をフラスコ内で模倣して、同じ中間体から一挙に5種類の化合物群の作り分け(骨格多様化合成)に成功しました。
Biogenetically inspired synthesis and skeletal diversification of indole alkaloids
Mizoguchi, H.; Oikawa, H.; Oguri, H. Nat. Chem.?2013, ASAP. DOI:10.1038/nchem.1798
本記事では、研究対象となったアルカロイド生合成経路の説明から実際の骨格多様化合成法に加え、代表著者である大栗博毅准教授にインタビューしましたので併せて報告したいと思います。
日々草が産生するアルカロイドの生合成経路
図の可愛げな花は日々草(ニチニチソウ)と呼ばれる植物。花自体は数日しか持ちませんが、つぎつぎと絶え間なく花を咲かせることからこんな名前がついています。このニチニチソウを含む植物が生産しているアルカロイドには多感性骨格を含むアルカロイドが多く見られます。これらはどのようにつくられているのでしょうか?
たとえば日々草のアルカロイド群の生合成は次の通り。トリプタミンとセコロガニンという分子が多段階の酵素反応により、プレアクアミシンになります。ここから結合の開裂反応を経て、図の仮想生合成中間体としている化合物に変わります[1] 仮想中間体は、二重結合(ジエノフィル)と共役二重結合(ジエン)を有していることがわかるでしょう。そう、化学を学んでいるものならすぐに答えて欲しい、ジエンとジエノフィルの[4+2]環化反応、すなわちDiels-Alder反応が起こることが容易に予想できます。
しかし、ここからが、酵素反応の素敵なところ。仮想中間体から、酵素A-Cが固有の3次元空間(反応場)により、赤い部分(ジエン)と青い部分(ジエノフィル)が軌道相互作用しやすい、すなわちDiels-Alder反応が進行しやすいような形になり、それぞれイボガ型、アスピドスペルマ型、およびアンドラギニン型(これは仮想中間体の酸化反応が別途環化前に必要)の分子が生成すると考られます。環化の際に位置だけでなくジアステレオ・エナンチオ選択性も完全に制御しながら骨格を作り分けてしまうのだから酵素ってすごいですよね。
生合成を模倣した骨格多様化合成法
こんな生合成に魅せられて、フラスコの中で人工合成をしようと考えたのが今回の研究。しかし、上記で仮想中間体とされているのものは、特にジヒドロピリジン環がすぐに酸化されてピリジンになってしまいそうなとっても不安定な化合物です。もちろんこれまでこの中間体を単離して構造決定した例はありません。そこで、著者らはジヒドロピリジン環の安定化を目的にカルボニル部位を導入した多官能性鍵中間体を設計したのです。このカルボニル導入が成功の鍵。この中間体は生合成と同じトリプタミンと以下の様な化合物、合計4つのユニットから7工程で合成できます。考えてみてくださいね。
さて、多官能性鍵中間体から(正確にはその前駆体から反応系内で中間体を発生させた)実際に生合成模倣の[4+2]環化反応。見事にイボガ型、アスピドスペルマ型、アンドラギニン型を作り分けています。残念ながら酵素のようにまわりの環境で制御することはできず、合成的にうまい具合にジエンとジエノフィルの関係を作り出して付加反応を行なっています。そのため位置選択性という意味では生物に軍配があがるかもしれません。
しかしながら、これで満足しないのが合成化学者。筆者らは類似の多官能性鍵中間体を合成し、今度は異なる条件で酸化しながら発生させた2種類の活性化学種(ピリジニウムイオン,炭素ラジカル)に特有の反応性を利用して異なるヌゴウニエンシン型,および,非天然型の四環性アルカロイド骨格をそれぞれ構築することに成功しました。さらに、上記の3つの型から実際の天然物への合成をすすめ、アンドランギニン,ビンカジフォルミン,カサランチンの完全な化学合成を達成しました。この詳細は原著論文をお読みください。
以上、生合成経路から得られる仮想中間体から実現可能な多官能性合成中間体を設計し、それを4つのユニットから集積化して合成、鍵中間体により5種類のアルカロイドを作り分ける骨格多様化合成法の開発に成功しました。特にひとつは非天然型の化合物であり、生合成では得られない分子を合成できた、すなわち生物に打ち勝った人工合成法であると言えます。
著者へのインタビュー
最後に、今回の代表著者である大栗先生に今回の研究の苦労話や秘話を聞いてみました。
生合成プロセスの分岐点に位置する多能性の仮想中間体を活用して、天然物の構造を簡略化することなく、様々なアルカロイドの骨格を自在に作り分ける化学合成を想い描いていました。仮想生合成中間体において、ジヒドロピリジン環部位が最も不安定と予想しました。そこで、3位のエチル基を電子吸引性のカルボニル基に改変する分子設計で、ジヒドロピリジン環の安定化と分子内環化様式の制御を目論みました。
多能性の鍵中間体では、ジヒドロピリジン部位とビニルインドール部位が分子内の近い位置で存在すると様々な反応を引き起こします。不安定な鍵中間体を効率良く合成し、本当にフラスコ内で取り扱えるのか?…多彩な反応性が予想される中間体の環化様式を合成化学的に制御できるのか?リスクの高いチャレンジが始まりました。
2010年、当時修士2年だった溝口玄樹(みぞぐち はるき)君は、独自のジヒドロピリジン形成法を編み出して突破口を開きました。また、Hofmann脱離でビニルインドール部位を導入しながら、構築ブロックをモジュラー式に連結して、エンイン前駆体を簡便に合成するルートを開発しました。カチオン性銅触媒を用い、室温で一時間撹拌させる温和な条件で、実際に中間体を合成し、実験室で取扱うことができました。さらに、そのフラスコを加熱するとイボガ型の骨格をワンポットで一挙に構築できることを見出し、確かな手応えを掴んでいました。
そんなところへ2011年、Chem-Stationでも取り上げられた David W. C. MacMillanらによる多環性アルカロイド群(6種類)の系統的全合成が報告されました。[2]大きな衝撃でしたが、我々が手掛けているアプローチの独自性と進歩性を信じて、多様な骨格の作り分けを更に鋭意検討しました。カルボニル基を連結して安定化を図ったジヒドロピリジン環においても、加熱や少々きつめの活性化条件では、ピリジニウムイオンに酸化されてしまうこと。また、少し加温しただけでもイボガ型骨格を与える環化が競争するという問題点が次第に明らかになっていきました。多能性中間体の反応性を合理的に制御する様々な工夫を施し(詳細は上記解説参照)、3系統の[4+2]型の環化反応とジヒドロピリジン環の一電子/二電子酸化を利用した2系統の環化を実現しました。これにより、五系統のアルカロイド骨格を出発原料のトリプタミンからいずれも6~9工程以内で効率的に合成することに成功しました。更に,[4+2] 型環化で構築した3系統の骨格を活用して,アンドランギニン,ビンカジフォルミンの全合成と(?)-カサランチンの不斉全合成を達成しました。
今回、生合成を模倣して実現した化合物群生産プロセスでは、分子を形作る骨格・立体化学や活性発現に重要な官能基を系統的に改変した多環性アルカロイド群を短い工程数で柔軟に創製できます。本合成戦略を他の天然有機化合物群へ適用すれば,新奇な構造と機能を持つ生理活性分子の探索資源を人工的に創造するアプローチとして更なる発展が期待されます。
本研究は、及川英秋先生の研究室で実施され、及川先生をはじめとする多くの皆様から貴重な御意見やアドバイスを頂戴いたしました。時に遊び心のあるアイデアを繰り出しつづけながら、不撓不屈の努力で目標達成に漕ぎ着けた溝口玄樹博士ならではの成果です。あらためて心より感謝申し上げます。
関連リンク
参考文献
[1] Finefield, J. M.; Sherman, D. H.; Kreitman, M.; Williams, R. M. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 4802-4836. DOI:?10.1002/anie.201107204 [2] Jones, S. B.; Simmons, B.; Mastracchio, A.; MacMillan, D. W. C.Nature 2011, 475, 183. doi:10.1038/nature10232