紳士は決して手を出さない子どもフェロモン
センセーショナルな匂いネタが、ネイチャー電子版で2013年10月2日に報告されました。おっさんマウスが小学生マウスを襲う。自然の摂理に反して見える、異常行動の抑制には、涙に含まれマウスの嗅覚器官を刺激する化学成分が活躍しているというのです。研究機関から日本語プレスリリースも出ているため、少しだけ紹介します。ちなみに、マウス(mouse)って、ネズミさんのことですよ。
幼少の女の子は可愛いものです。例えば、わが国が世界に誇る物語文学である紫式部『源氏物語』には、主人公の光源氏がまだ幼い若紫を見初めて「面つきいとらうたげにて 眉のわたりうちけぶり いはけなくかいやりたる額つき 髪ざし いみじううつくし」とあります。これは現代語訳すると「(髪をとかしてもらうために嫌がりながらも椅子にちょこんと座った若紫の)顔つきがとても可愛らしげで、眉のあたりがほんのりとして、子供っぽく髪をかき上げた額つきや、髪のぐあいも大変に可愛らしい」という意味です。幼少の女の子は可愛いものです。大事なことなので2回、言いました。
若紫の姿を垣間見して覗き見る光源氏
光源氏は紳士なので若紫が成人するまでちゃんと養育しました。光源氏ほど思考がぶっとんでいなくても、多くの人は「小学生くらいの女の子を可愛いと思う気持ち」と、その先に進んで「大人の男女がいっしょになると起こるおかしなことをしたいという感情」は違うと考えます。こういった分別は、生まれながら誰もが持つものなのか、生まれた後に刑罰の恐ろしさを学んだからかはともかくとして、まっとうな社会生活を続ける上でもとめられる態度のひとつです。ヒトに限らず、多くの動物では、雌がしっかり成熟しているか、雄はきちんと識別しています。
必見の驚愕動画!
まずはリンク先の動画を見てみてください。2匹いるマウスのうち、大きい方が「おっさんネズミ」、小さい方が「小学生ネズミ」です。
・フェロモン感知能力を欠いた雄マウス
Video 2: A Trpc2-/- adult male displays sexual behavior towards a juvenile female
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/fig_tab/nature12579_SV2.html
・フェロモン感知能力を持つ雄マウス
Video 1: A Trpc2+/+ adult male interacts with a juvenile female
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/fig_tab/nature12579_SV1.html
フェロモン感知能力を欠いたおっさんネズミの、紳士の風上には置けない動画をご覧になりましたか。実験とは言え、このロリコンめと成敗し、ちっさいネズミを保護したくなってしまうかもしれません。
通常の雄マウスが紳士である理由。それは、幼少の雌マウスの涙に含まれるフェロモン分子がきちんと分かるかどうかにあるといいます。
マウスで発見された「わたしはまだ子どもなのに」を伝える匂いの言葉
聴覚と視覚に優れたヒトが会話や文字で相手とコミュニケーションするのと同じように、嗅覚に優れた動物は匂いで相手とコミュニケーションします。この匂いをもたらす「同じ種類の動物に作用し特別な行動を引き起こす物質」をフェロモンと呼びます。昆虫でも、魚でも、カエルでも、ゾウでも、ウサギでも、フェロモンは存在します。言うなれば、フェロモンは、本能を呼び起こす匂いの言葉です。この匂いの言葉で語りかけられると、もうその行動をしたくてしたくてしょうがなくなります。
動物の行動には、生まれながらの本能行動と、生まれた後の経験で変わる学習行動と、2種類があります。例えば「道端でスタイルがよくて可愛い子の姿を見て思わず心拍数があがった」というのは本能によるものです。「声優の声を聴いたところ以前に演じていたアニメのキャラクターを思い出した」というのは学習によるものです。フェロモンが起こす行動は、遺伝子に刻まれた本能によります。
マウスでもフェロモンの存在は確認されていました。とくに、21世紀に入って発見されたばかりのESP(exocrine grand secreting peptide)と呼ばれるペプチドは注目の的でした。ESPペプチドはマウスゲノムに数十種類ほど存在します。未解明な部分が多く、ESPペプチドのなかまのうち一部のメンバーでしか機能が分かっていません。
幼少フェロモンESP22の構造
ただしマウスで見つかったこのフェロモンはヒトにはありません
残念ながらというべきか、安心べきことにというべきか、マウスで見つかったこのフェロモンはヒトにはありません。ESP22ペプチドの設計図にあたる遺伝子が、マウスゲノムにはあっても、ヒトゲノムにはないということが、まず第一の根拠。マウスの鼻の中にあってESP22ペプチドを感知する鋤鼻器が、ヒトの鼻の中にある嗅上皮とは、発生の系譜や神経のつながりが異なるということが、第二の根拠です。
>オスマウスの性行動を抑制する幼少フェロモンを発見 (プレスリリースより引用)
ESP22をコードするDNAの塩基配列は、ヒトゲノム上には存在せず、鋤鼻器もヒトでは機能しておらず、直接、ヒトへの応用に結びつくものではありません。本研究の成果は、マウスの行動がどのような化学感覚シグナルによって制御されているか、その理解を深めるもので、今後、哺乳類の情動や行動を支配・制御する脳神経回路の解明に向けて、有用な基礎研究基盤となるものです。
ヒトに同じフェロモンはないけれども、マウスのフェロモンで伝えられた信号の下流に、もしかしたらヒトを含め哺乳類に共通したロリコンを制御する未知の脳神経回路があるかもしれません。倉庫や製造所のマウス過剰繁殖の抑制だけでなく、どういう仕組みなんだろうと興味のわく話題だと思いました。