東工大の細野秀雄教授が2013年、トムソンロイター賞を受賞いたしました。受賞は物理学としてですが、酸化物は物理と化学の境界領域の一つで、ノーベル化学賞を受賞する可能性も十分にあります。そこで、細野先生の何がスゴイかを説明してみたいと思います。
現代の生活は、幸せで快適な生活が実現されていると言っても過言ではないでしょう。しかし、100年後の世界を一変させる可能性のある技術がいくつかあります。
そのうちの一つが「常温超伝導」の実現です。
どんなに電気を良く流す金属を使っても、ある程度抵抗があり、それによるエネルギーのロスは常に発生しています。日本の発電所で作られる電力の4.8%は電線の中で抵抗によりロスし、熱として大気中に放出されているそうです。
もし超伝導体で電線を作ることが出来れば電線でのロスを無くすことができ、細いケーブルに大電流を流すことが出来る可能性があるなど、大きなメリットがあります。
しかし、最初に発見された超伝導体である水銀では4.2 K、単体金属ではニオブが9.2 K、合金化してもNb3Geで23 Kがせいぜいでした。
ちなみに最近、ダイアモンドの間に金属カルシウムを挟んで思いっきり圧力をかけることで29 Kという、高い超伝導転移温度を達成しています。
いずれにせよ超伝導を実現するためには液体ヘリウムでものすごい低温まで冷却しないといけなかったのです。
また超伝導の機構についても理論的な研究が進み、フォノンを介して二つの電子が引き合う引力があれば、フェルミ面近傍の電子は全て対を作った状態になって(ボーズ・アインシュタイン凝縮)安定化するという理論(バーディーン、クーパー、シュリーファーによる、いわゆるBCS理論)が確立しました。この理論によると、超伝導転移温度の上限は30 K程度、近似があるのでその辺を甘く見積もっても40~50 Kが限界と考えられ、実験事実とも良く整合していました。
つまり「スゴイ現象だけど液体ヘリウムが必要で、電線に使うのなんてまあ夢物語ね」ってところで落ち着いていました。
そこに現れたのが「銅酸化物系超伝導体」です。
ベドノルツ・ミュラーらがある種の銅酸化物が30 Kという超伝導転移温度を報告し、一斉に新たな超伝導体についての研究が始まります。わずか3ヶ月後には92Kという転移温度が報告され、BCSの理論の修正も追いつかないままに次々と世界記録が打ち出されていきました。
基本的に酸化物の合成法は「原料を乳鉢で混ぜて電気炉で焼く」、これだけです。また、その組み合わせがLa, Ba, Cuの3種類からあらゆる元素へ、更に4元系、5元系へと種類が増えていきました。つまり、やればやっただけ論文が出るという状況だったようです。1986年から87年にかけて、固体物理系の雑誌は通常の3倍や5倍という厚みになっているものがありますし、「二日に一報論文を書いた」などの逸話もいろいろと残っております。
しかし数年で記録も頭打ちになり、20年前の133 Kから記録の更新は見られていません(その後は固体物理系の十八番、高圧での測定により、記録は更新されております)。
これらは、BCS理論の限界を大幅に超えた、さらに液体窒素温度を超えたということで、「高温超伝導体」と呼ばれます。手で触って熱い、というものではありません。
氷水で使える超伝導体や、室温で使えるものは相変わらず夢のまた夢です。
ちなみに日本のリニアモーターカーではNb3Ti(転移温度は20 Kほどだが金属なので加工がしやすい)も銅酸化物も研究されています。
それでは室温で使用できる超伝導体は、不可能なのでしょうか。
「現在のところ」それは不可能です。またとても「困難」であるのは間違いありません。
でも「絶対不可能」と言い切れないのが超伝導体の魅力でもあります。銅酸化物系の超伝導体においても理論的な説明はなされていますが、結局のところ「どのような組み合わせで何度の超伝導転移温度が発現するか」「最高の組み合わせは何で、その時の転移温度は何度か」という疑問に答えられる人は一人もいません。
現在、最高の転移温度を示す銅酸化物も水銀、バリウム、カルシウム、銅、酸素が1:2:2:3:8で混ざっているという、誰がどう見ても「おまえ適当に混ぜただけだろ」としか思えないものです。
とはいえ組み合わせで出来ることはみんなが試しましたし、転移温度の最高記録が出てから15年経ち、もう頭打ちだろうと思われておりました。
そこに突如現れたのが細野秀雄だったのです。
細野教授は、強誘電体の研究をしている中で、ランタン・鉄・ヒ素・酸素・フッ素の組み合わせで26 Kという超伝導転移温度を発見しました。
世界記録ばかりをみていると高く見えないかも知れませんが、超伝導体の研究では、1K以下のものがほとんどで、10 Kも出れば注目を集めるものです。それが突然BCSの限界に近い26 Kというのだから大変です。
細野教授の系は通称「鉄ヒ素系」と呼ばれますが、これらが今までに見つかっていなかったのは、ある意味では納得がいくものです。
一つはアニオンとして酸素だけでなく、ヒ素やフッ素を用いていることです。酸化物は空気中で焼くだけで出来るため、カチオンの交換は簡単ですが、アニオンを交換しようとすると、何倍も手間がかかります。そのため多くの人はアニオンの交換について敬遠していたものと思われます。
もう一つは超伝導は磁性に弱いため、鉄やニッケル、ガドリニウムのような金属は使い物にならないと考えられていました。そこに堂々と鉄イオンを使っております。
いわば「コロンブスの卵」の二段重ねです。
この「コロンブスの卵」を見た世界中の「眠っていた超伝導屋」は目を覚まします。この論文は2008年の世界中の論文の中で最も引用された論文[1]となっており、ここ数年、毎年1000報近い鉄ヒ素系の論文が報告されるという、ちょっと信じられないフィーバーを起こしているのです。
アニオンも当初のヒ素だけでなく、硫黄、セレン、テルル、アスタチンなど、もう何でもありの状態で、
「鉄ヒ素系」と呼ぶべきかどうかも議論になっています。
これも「コロンブスの卵」による波及効果と言えます。
高温超伝導体の歴史(JST-first program 細野秀雄HPより)
その結果、わずか5年でトムソンロイター賞に到達し、一躍ノーベル賞候補と呼ばれるようになっています。
ちなみに素晴らしい仕事を残した研究者は、日本人でもたくさん存在しておりますが、
細野秀雄の凄いところは他にも超特大ホームランを打っているところです。
今回のトムソンロイター賞はそのうちの1本に過ぎません。
世間に浸透しているのはむしろ別の特大ホームラン「IGZO」[2]かも知れません。
細野先生はトムソンロイターの取材に対して、IGZOを超える材料を探している内に「鉄ヒ素系超伝導体」を発見したと言っております。
更に最近では細野先生は「電気の流れるセメント」を使って更に超特大ホームランを打とうとしています。
細野ワールドは広がるばかりです。
関連文献
[1] Kambara, Y.; Watanabe, T.; Hirano, M. Hosono, H. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 3296. doi:10.1021/ja800073m
[2] Nomura, K.; Ohta, H.; Takagi, A.; Kamiya, T.; Hirano, M.; Hosono, H. Nature 2004,432, 488. doi: 10.1038/nature03090