一般には成熟したと思われる化学エンジニアリングの世界、そこには未だ未だ驚愕に値する発明の種は埋まっているのであります
Tshozoです。今回、その発想力と技術の切り口に久々に感動した化学関係の装置がありますので紹介させていただきます。
元ネタは日刊工業新聞社殿が長年主催されている「発明大賞」。今年で39年目を迎える長寿企画で、「優れた発明考案により、我が国産業の発展と国民生活の向上に業績をあげた企業及び個人またはグループに贈られる賞」という趣旨のものです。そのリストを見ると機械マニアが狂喜しそうな、数々の素晴らしい発明品が生み出されています。
▲発明大賞ロゴ
発明大賞サイトはこちら → ● 今回受賞リストはこちら→ ● 日刊工業新聞社サイトはこちら→ ●
その中で今回、以前より注目していた発明品が受賞したのに加え、もう一つ素晴らしい着眼点の化学工学系の発明品が受賞していたので、これは是非周知せねばならんと思い急ぎ記事を仕上げた次第です。合成化学の分野からはちょっと縁遠いのですが、その着眼点には皆様驚かれるのではないかと思います。あたりまえのようであたりまえでない、「冀北の馬群から千里の名馬が見出された」(高木貞治『新式算術講義』より)と感じるその中身。是非ものの見方の参考にして頂ければ幸甚です。
①株式会社エディプラス「遠心撹拌装置」 (同社サイトはこちら → ●)
まずこの部品。なんだと思いますか?(写真は同社サイトより引用)
実は撹拌翼なのです。
嘘つくな。撹拌翼っつうのはこういう↓もんだ。
いやいや、かき混ぜられるんです! この動画をご覧ください。
信じられないかもしれませんがこれ、ちゃんと混ざるんです(現物、見ました)。機構としては言われてみれば「ああそうか」というもの。しかし、この世界の誰一人として創り出せていなかったのです。
撹拌機構・①撹拌により②遠心力で追い出された液を補うように③下の穴から液が吸い込まれ、それが④渦を作る
(同社の資料より)
作ったのはエディプラスという会社の社長さん → ● (元は「ヤマテック」という会社の工場長さんでした・サイトはこちら)。撹拌についてほぼ素人で、たまたま業務の困りごとを解決するため、面白い翼でかき混ぜられないか色々といじっていたそうです。しかしそう上手くはいかず、2年間かかっても何も成果が出ません。ところが最後の最後にダメモトで失敗品を改変して回してみたらきちんと混ざった! ということで、幸運も味方していました。しかも、特許についても最もレベルの高い「基本特許」を取得。そりゃこういう翼でかき混ぜられるなんて誰も思わないですもんね。
特長はなんといってもそのサイズに対して極めて広い撹拌可能量。普通の撹拌子ではしんどいような「数百リットル」レベルの量でも、こぶし大の撹拌翼で撹拌できるのです。更に、その撹拌原理から非常に泡が立ちにくい! 通常の撹拌翼と異なり、羽の下側にしか渦が立たないからです。
同社サイトより引用 撹拌翼のサイズはたった50mm程度なのに100Lレベルが楽に混ぜられる
難点は、少し高速度の回転(>1000~1500rpm)が必要になること。しかし高粘度のものでも上手に混ぜられることや、撹拌翼のメンテ性が高いこと、安全性を考えたら、そのくらいは十分許容しうる範囲でしょう。それより、この羽をうまく使って新しい機構が色々考えられるのではないか、という期待の方が自分にとっては大きな注目点でした。
もちろん、腐食環境下でも使えるテフロンやPP等の樹脂タイプもあるので、撹拌がうまくいかない、とかガラス壁面に液が飛び散る、とか嘆くラボ生のために研究室に一本あってもいいのではないでしょうか。特に合成中に粘度が上昇するような、高分子合成に関わる学生とか!
とにかく他に例を見ない機構と撹拌力を持つエディプラス殿の遠心撹拌翼。その他にも今後、色々な応用を期待したいところです。
②株式会社モノベエンジニアリング「ばね式フィルター」 (同社サイトはこちら → ●)
次にこの部品。なんでしょうか?
ただのバネじゃねーか! ・・・そう、バネです。しかし、濾過フィルタでもあるのです!
機構はいたって簡単、下の図のようになります。濾過時の圧力差でバネが少しだけ縮み、逆洗浄の時にその縮みが戻るのがキモです。確かにこれなら濾過で出来たケーキ(分離物のこと)も容易に剥がれ、しかもバネ部が何度でも使えるので一般的な濾過器のように高額なフィルタ代・交換の手間がかからない! しかも稼働費もポンプとモータ等の電気代くらい。ケーキは貯めておいてポイ。現時点で究極とも言える濾過形式ではないでしょうか(ただし腐食性の強い環境ではバネにコーティング等が必要になりそうですが)。
濾過機構 あくまで概念図で、細かい点では色々ノウハウがありそう 逆洗浄のあとはまた最初からスタート
(同社の資料をもとに筆者が再作画 引用画像 → ● の原理(3))
なお助剤を使うのは除去しにくいタイプのもの場合で、バネのみで対応出来る場合もあるそうです。また、バネには小さな凸部(凹部も?)が側面についていて、それでバネの間隔を制御しています。これをうまく作製し、綺麗に組み上げるのもまたかなり難しそうな技術ですがそれはきっと加工屋さんが頑張ったものと推察します。(詳しい構造と詳細は同社のこちらのサイトへ)
バネ部を拡大した写真(引用同上) バネワイヤ間にわずかに突起物があり、間隔を制御している
これを開発したのは「モノベエンジニアリング」という企業。元は部品開発を請け負う小さなナンデモ屋だったそうですが、下請けとしての限界を感じて自社製品を作ることを決意。6年の歳月と計3億円を投入(参考サイト→●)し、ようやく完成させたとのことです。小さな会社でこれだけの資金と人員を投入するのは並大抵の覚悟ではできません。その点に心から敬意を抱きます。
なお現在では世界中から引き合いがあり、装置納入まで最大で1年待ちとか。素晴らしいことではないでしょうか。
以上、2件の素晴らしい化学工学系の発明をご覧いただきましたが、これらの2件の発明を見た時、自分は心底感動しました。枯れたと思っていた分野で、まだまだこうした輝く源泉があるのだと。そして、そう思っている自分の心の方が実は枯れていたのだとつくづく思いました。要は自分自身の考え方次第なのです。
エンジニアリング的な要素が強いため、学生の方々には物足りない内容かもしれませんがこの2例だけにとどまらず色々なモノを見て、新しいモノを作る、又は新しい分野を拓くための着眼点を是非磨いていっていただきたいと思います。
それでは今回はこれにて。エディプラス殿、モノベエンジニアリング殿の両社が継続的に新商品・新技術を開発され、発展されることを心より祈念致します。
【蛇足】
こうした本当の価値を生んでいる企業と一般的な企業との彼我について。給与や労働リスク、その他総合的な点を完全に無視して書きます。
比較的大きな企業に勤めているとわかるのですが、こうした「概念をひっくり返す」ような発明は、なかなかできません。自由な活動、自由な発想、自由な裁量というものが基本的には存在しないからです。全て「管理」の名のもとに、****側からの要請に振り回され、モノを触っている時間は無いのが現実。加えて基本的には「戦艦・空母」ですから、どうしても物事の進め方が鈍重になります。 もちろん、戦艦・空母にしかできないことがあるのは理解できます。しかしそこに居る船員達の主体性は喪失される運命にあるのは予想できるでしょう。
その一方、今回含め以前より紹介している中小企業(この表現はあまり好きではないですが・・・)はいわゆる「駆逐艦」。動きは素早く、自由に動ける。かじ取りを間違えるとあっと言う間に沈むリスクはありますし船員はあっちこち駆り出されて疲弊しがちかもしれませんが、きっと船内の士気は高く、船員全員がこけつまろびつ新しい島を見つけることに必死になって取り組むことが出来るでしょう。
もちろんどちらにも長短はありますが、いわゆる「イノベーション」を起こすことが出来やすいのは一体どちらなのでしょうか。
結論は軽々には出せないので読者各位にお任せしますが、どちらのやり方、どちらの船を選択するかは究極的には「何のために自分が生きているのか」に対し、自分がハラをくくれるかどうかで決まるのだと思います。
【参考サイト】
日刊工業新聞社殿 http://www.nikkan.co.jp/
日刊工業新聞社殿 「発明大賞」サイト http://www.nikkan.co.jp/html/hatsumei/
「遠心撹拌装置 M-revo」 株式会社エディプラス殿 http://www.eddyplus.co.jp/
「バネ式フィルター モノMAXフィルタ」 株式会社モノベエンジニアリング殿 http://www.monobe.co.jp/index.html
エヌ・ジェイ出版販売殿 http://www.njh.co.jp/category/small_company/
【筆者注】
2013年9月27日 リンク不備、引用先未記載、不適切表現の修正を行いました