ただし他分野と比べ化学のオープンアクセス比率は低め
論文のオープンアクセス比率について大規模調査の結果が公表されました。そこで、ひととおりの情報をまとめ、考えを文章にしてみました。
オープンアクセスについてどう考えますか?
オープンアクセス論文が半数突破か[4]
何らかのかたちで、今や全世界の論文の半分が、パブリックビューが可能な状態になっているとの調査結果が公表されました[1]。査読された論文を、フリーアクセスにしようと言う努力が、「全体の50パーセントを突破した」というひとつのマイルストーンに到達したことになります。欧州委員会の助成を受けたサイエンスメトリクス社の調査によれば、公表後2年以内にオープンアクセスされているとのことです。サイエンスメトリクス社の社長を務めるEric Archambault氏は「風……なんだろう吹いてきてる確実に」という趣旨の言及をしています。
“Things are likely to move much faster now.”
最近、オープンアクセスに向けてアメリカ政府でもひと区切りがありました。政府からの予算で実施した研究は、「研究の終了時点から1年以内にオープンアクセスされるような仕組みを作ろう」という2013年2月22日の発案[2]に対して、骨組となる草案がちょうど半年が経った8月22日にできあがったのです。他方、ヨーロッパでは欧州委員会が中心になって、半年もしくは1年以内のオープンアクセスに向けて枠組み作りが始まっています。欧米ともにオープンアクセスに対して前向きです。欧州委員会の研究・イノベーション・科学担当のMaire Geoghegan Quinn氏は「オープンアクセスがぜひ定着するように」と述べています[3]。
“These findings underline that open access is here to stay.”
サイエンスメトリクス社の調査に話を戻すと、オープンアクセスには3種類あって、出版社のウェブページに掲載されるゴールドオープンアクセスと、セルフアーカイブ(arXivやPubMedCentralなど)によるグリーンオープンアクセス、そしてその他に分類されます。冒頭にかかげた50パーセントの数字は、2004年もしくは2011年に発表された論文から無作為に32万報を選んで、2013年に調べた結果とのことです。2004年の論文と2011年の論文を比較すると、論文出版数の全体的な増加傾向の中で、グリーンオープンアクセスは34パーセントから32パーセントと横ばいを保ち、ゴールドオープンアクセスは4パーセントから12パーセントに割合が増えていました。グリーンオープンアクセスとゴールドオープンアクセスのどちらとも言えないハイブリッド型を加えると、オープンアクセスされていた論文は全体で50パーセントを超えたとのことです。
分野ごとのオープンアクセス比率はこのとおり
この報告について、米国物理学会の要職をつとめるFred Dylla氏は「出版社のビジネスとして経済のなされるところによりオープンアクセスが進んだというよりは、アメリカ合衆国をはじめ政府の政策のおかげでオープンアクセスが進んでいるという見方もあり、そのままにしていて今後も同じ調子でオープンアクセスの拡大が続くかは分からない」と指摘しています。実際に、生物医学分野はPMC(PubMed Central)の貢献が大きく数字に反映されています。数学物理学ではarXivの存在が数字に大きく反映されています。ハーバード大学の要職につきオープンアクセスに詳しいPeter Suber氏は、サイエンスメトリクス社の調査について正確さを問う指摘があることを認めた上で、「弱冠の誤差があるにしても走行距離計の指す数字に長旅の中で喜ぶ権利が誰にもあるように今回のことはオープンアクセスが主流に入ったことを示す嬉しい知らせであることには違いない」と指摘しています[4]。
オープンアクセスについてあなたはどう考えますか?
ちょっと歴史の話から。
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西暦1445年。日本は室町時代。ヨーロッパで偉大な発明がありました。活版印刷です。よく知られた歴史とおりならば、発明者はドイツの金属加工職人、グーテンベルク。錫Snと鉛Pbに、アンチモンSbを混ぜた点が画期的でした。ほとんどの金属は、固体で密度が大きく、液体で密度が小さいものばかりです。水とは違います。したがって、液体の金属を融かして鋳型に入れ固めようとすると、体積が膨張します。これだと金属活字を作るには至難の業です。しかし、周期表を見渡してもめったにない例外が1つあって、アンチモンは固体で密度が小さく、液体で密度が大きい性質があります。これを活用して体積変化の少ない活字金属ができあがりました。
活版印刷の登場は、ヨーロッパ世界を変えました。中世から近世へ変貌を遂げたのです。中世ヨーロッパは、さながらよせてはかえす波のようであり、富めるものは富めるままに、貧しきものは貧しきままに、先祖代々にわたって変わらぬ生活を繰り返す世界でした。街からしばらくいけば、いつまでもまどろみの中のような、時が経つのもゆるやかで、牧歌的な風景が広がっていることもあったでしょう。しかし、喜びがあれば苦しみもあり、生まれながらの重役に押しつぶされることもしばしばでした。権力者は学問の中枢であった教会を保護し、教会は権力者に近づきその治世に根拠を与えることで、みずからの立場を守り続けました。多くの庶民はそもそも学ぶ機会がないため不当な支配であっても従うほかなく、また飢饉や疫病が流行っても迷信で行動することしかなかった、暗黒の時代です。
あの丘の向こうを見たい。そのように人々が人間らしく考えることさえ、当時の暮らしの中ではできませんでした。
中世のヨーロッパでは、学問はごく限られた人だけが修めるものでした。書物はラテン語で書かれていたため、特別な人にしか読めませんでした。教会による教会のための学問です。名目上、庶民は教会の庇護下にあるはずにも関わらず、ほとんどの庶民は聖書でさえも読むことができません。教会から言われるまま。ちょっと裕福であっても、自分で調べて考えるということができないため、免罪符なんてハッタリが買えるとなると、つい飛びついてしまいます。聖書にそんなもの書かれていないのにね。
西暦1517年。時代は動きます。宗教革命です。その中でルターはすべての人が自分の理性で自分の生活の確立を目指せる世界こそあるべき姿だと考えました。そして、具体的施策として、自国語で子どもに教育を行う学校を設置しました。聖書も各国語に翻訳され、続々と出版されました。この後、100年かけて教育制度がだんだんと整備されていきます。教師用教科書でさえ出回らない時代には、文章を読めるようになりたい、文字を学びたいと思っても、到底、不可能な話でした。活版印刷が登場したからこその進展です。本を手に取ることが当たり前になったからこそ、ヨーロッパは進歩を遂げました。
中世から近世にかけて、迷信の時代から理性の時代へと、ヨーロッパ世界は変革されていきました。
そして、西暦2000年を過ぎ、人々をめぐる環境は変化のときを迎えています。単純な情報は誰でも調べれば手に入る知識基盤社会が、世界の各都市で到来しつつあるのです。出版の世界を変えつつある「第二の活版印刷発明」。そうインターネットの普及がなせるわざです。
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欧米でオープンアクセスの議論があるとき、文脈背景として「中世から近世へ知の大転換の歴史」があるように、感じられます。もちろん議論の場には、予算の流れであるとかいろいろな力関係があり、いちがいには言えないのですが、どうして欧米が政府ぐるみで取り組むのか動機を考えるとき、世界史の知識を思い出すと、しっくりrationalに納得できるように感じるのです。
かつて世界では、オープンアクセスを目指して、ちょっと進歩的すぎる団体も西暦2000年前後には活動していました。最近は代わりにネイチャー・パブリッシング・グループが積極的でもなく消極的でもなくちょうどよいところにいて美味しいところを持っていっている点、さすがだなぁと感心してしまいます。2012年インパクトファクターは米国アカデミー紀要の9.7をこえてオープンアクセス選択が可能なネイチャー・コミュニケーションズの10.0でしたし、即時オープンアクセスでプロスワンが先陣を切って苦労した後をサイエンティフックレポーツで猛追しています。
たぶん今は過渡期でしょう。研究機関が出版社に払う購読料の相当額を、研究機関が出版社に掲載料として払うようにすれば、収支はあうはずです。でも、購読料はみんなで払っていて、自分だけが掲載料を払うとなると、考えてしまいます。こうなると、囚人のジレンマです。自分だけ損をしたくない。実際には、信頼というもっと複雑な要因が絡んで事態は混迷を深めます。ズルいビジネスをしようと考えている人もいるでしょう。
ひとりひとりが今できること。それは、この話題に高い関心を保ち、先入観なく判断する、身近な人と議論することだと思います。オープンアクセスについてあなたはどう考えますか?
参考文献
- サイエンスメトリクス社調査結果
- Increasing Access to the Results of Federally Funded Scientific Research.
- Open access to research publications reaching ‘tipping point’.
- Half of All Papers Now Free in Some Form, Study Claims.
参考ウェブサイト
- タダで読めるけど・・・-オープンジャーナルのあやしい世界 (http://orgchemical.seesaa.net/article/372097234.html)
- 日本化学会・論文のオープンアクセスについて (http://www.csj.jp/journals/chem-lett/notice/cl_notice-050601_jp)