先日、日本の博士課程に在籍する女性科学者を対象とする「ロレアル−ユネスコ女性科学者日本奨励賞」の発表がありました。これまでも、上位の賞「ロレアルユネスコ女性科学者賞」も含めまして、何度かこのケムステでも取り上げさせていただきました(関連記事参照)。筆者の教えていた学生も受賞したこともあり大変馴染みの深い賞となっています。聞いたことない人は侮る事なかれ、女性限定ですがなんと賞金は100万円。授賞式は六本木ヒルズで行われ、毎年各科学分野で4人の優秀な学生しかもらえない素晴らしい賞なのです。なおかつ、最近は黒木メイサや安藤美姫など豪華でなにかと話題性の高いプレゼンテーターが出演しているということでも話題になっています。
今年で第8回目を迎えました、本賞の栄えある受賞者は…こちら!
ここでは物質科学分野で受賞しました、小原 睦代(おはら むつよ)さん(名古屋工業大学中村研究室)を紹介したいと思います。丁度、筆者の知り合いの先生の研究室に所属していたため、直接コンタクトをとり研究の詳細のみならず応募した理由、科学に興味をもったわけ、将来の夢やプラン、後輩へのメッセージといろいろとお話を聞いてみました。リケジョ本人だけでなくリケジョもつ親御さん研究室皆さん必見です!
どんな研究を行っているの?
受賞タイトルは、
「酵素を凌駕する触媒創製―新触媒を用いて医薬品分子の右左を作り分ける」
一言で言えば、「生体内で重要な役割を果たす触媒である酵素からヒントを得て、右と左との関係のある分子(キラル分子)の片方のみを選択的につくる小さな分子の触媒を開発し、医薬品などのもととなるキラル分子の合成法を開発しました」ということです。
もうちょっと詳しく言えば、次の通り。
(少し専門的になります、有機化学が得意でない人は読み飛ばしてください)
生体内において生命維持のため様々な生化学反応を促進する酵素は,ときに1012倍もの加速効果を示す極めて高活性な触媒であり,かつ,原子効率に優れた環境調和型触媒の代表的存在です。例えば,アスコルビン酸の代謝に重要な働きをしているアスコルビン酸オキシダーゼは三種類の銅イオンが存在し,それぞれの銅はヒスチジンのイミダゾール基に配位することで,巧妙な活性中心を形成しています(下図右)。ここでイミダゾールはタンパク質中では金属との結合部位となり,また水素結合やイオン結合を介してその高次構造の維持に重要な役割を果たしています。
そこで中村研究室では,酵素中に多く含まれ,金属との結合に重要な役割を果たしているイミダゾールの特異な性質に着目して,このイミダゾールと類似骨格を有する光学活性なイミダゾリンを用いることで不斉を誘起させ,有機合成反応に適応可能な不斉触媒が開発できると考えました。開発したイミダゾリン骨格を含む触媒設計はイミダゾリンの窒素原子上に電子供与性基,電子求引性基または立体的に嵩高い置換基を導入することにより,電子密度及び立体環境を詳細に調節可能となりました (Adv. Synth. Catal. 2008, 350, 1443)。
小原さんは,このイミダゾリン触媒に新たな高機能性を付与することを目指し,酵素のように複数の金属を組み込み,触媒骨格及び金属種を工夫することで,二つの金属を特異的に独立して機能させる,つまり一方の金属において金属特有の反応剤(求核剤)を形成させ,もう一方の金属はルイス酸として基質(求電子剤)の活性化を行い,二つの金属が協奏的に働く新規二核金属触媒を設計し,不斉合成反応へ応用しました(下左図)。
酵素(アスコルビン酸オキシダーゼ)の働きと小原さんの触媒設計
その結果、イミダゾリンー銅触媒を用いた不斉3成分連結反応による光学活性プロパルギルアミンの合成法[1]、またイミダゾリンー亜鉛触媒を用いた不斉カバチニク・フィールズ反応を開発することに成功しました。[2]また、キラルなウレア触媒を用いた、触媒の骨格である4級炭素を有するイミダゾリン分子を合成する手法を見出しています。[3] 詳しくは下記論文を御覧ください。
[1] S. Nakamura, M. Ohara, Y. Nakamura, N. Shibata, T. Toru, Chem. Eur. J. 2010, 16, 2360. DOI: 10.1002/chem.200903550
[2] M. Ohara, S. Nakamura, N. Shibata, Adv. Synth. Catal. 2011, 353, 3285. DOI: 10.1002/adsc.201100482
[3] S. Nakamura, Y. Maeno, M. Ohara, A. Yamamura, Y. Funahashi, N. Shibata, Org. Lett. 2012, 14, 2960. DOI: 10.1021/ol301256q
受賞者へ一問一答!
受賞者の小原さんにお願いしまして、一問一答でインタビューを行ってみました!* 一部を以下に紹介します。
ロレアルーユネスコ女性科学者賞に関して
Q. なぜ「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」に応募したのですか?
A. 私はこれまでに誰も達成していないことを成し遂げることに大きな“やりがい”を感じてきました。現在の日本の女性科学者が欧米に比べて非常に少ないという状況の中、私が今、感じている“やりがい”を多くの人に知ってもらいたい、つまり、女性科学者として科学の面白さを多くの人に伝えることで、日本の女性科学者の増加に繋げられるような機会を頂きたいと思い、応募致しました。
Q. なぜ受賞となった研究テーマを選んだのですか?
A. 医薬品に使われる分子には、鏡像異性体といわれる鏡に映し合わせることができても重ね合わせることができない、右手と左手の関係の分子が数多く用いられています。このうちの一方の鏡像異性体分子が医薬品の有効成分である例が多くなっており、それらを製造・供給する技術である不斉合成法は、現代の医薬品合成において必要不可欠な技術とされています。私は、不斉合成を効率よく達成するために新しい高機能な不斉触媒を創りたいと思いました。
私が新たな不斉触媒として着目しましたイミダゾリンという分子は酵素中に数多く含まれるイミダゾールの類縁体であり、生体内での反応において重要な役割を果たしています。私はこのイミダゾールの特異な性質に着目し、その類縁体であるイミダゾリンを高度に利用する、すなわち、イミダゾリン上に不斉点を誘起させ、不斉空間を設計することが可能となれば、有機合成反応に適応可能な酵素を超越する不斉触媒の開発が実現できるのではないかと思い、この研究テーマを選びました。
Q. あなたにとって「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」とは?
A. 私にとって「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」とは、博士課程の大学院生が挑戦できる最高の賞であり、女性科学者としての「目標」でありました。しかし、実際に受賞を頂くことができたとき「目標」ではなく、女性科学者としての「始まり」へと変わり、日本を代表できるような女性科学者になりたいと決意するきっかけを頂きました。この賞は、私と同様に研究者を志す女性の支えであり、未来の日本の女性研究者の増加、つづく日本の研究の質の向上の足がかりであると私は思います。
受賞の様子(左)と小原さん(右)
ご自身に関して
Q. 幼い時どんな子供でしたか?
A. 幼い頃は科学に限らず、ピアノ、バイオリン、テニス、絵を描くことなど、様々なことに興味があり週に6日習い事をやらせてもらうような好奇心旺盛な子どもでした。幼い頃からなんにでも挑戦し、一度なにかをやり始めたら「中途半端は零(ゼロ)と同じ」という信念で、徹底的に追及していくことがとても好きでした。
Q. 科学者を志すようになった動機と、エピソードがあれば教えて下さい
A. 私が科学者を志すようになった動機は、大切な友人の病気でした。彼女が病気になってから、彼女の生活に笑顔がなくなってしまいました。そんな彼女を救ったのは薬でした。元気になった彼女に笑顔が戻ったとき、科学の力で人の生活を大幅に改善し、人のいのちを救うことができることを実感しました。そのときから私は、科学者として世界中で治療薬もなく苦しんでいる人たちを科学の力で救いたいと決心し、研究者への道に進みました。
Q. ずばり、あなたにとって一言で科学とは?
A. “挑戦“です。
私にとって科学、特に現在専攻している分野であるChemistryは、その綴りから“Chem is try”と言われています。私の好きな言葉であり、まさにその通りだと思います。挑戦する気持ちがあってこそ、科学は存在し得ると私は思います。その気持ちを持ち続けて、私は毎日研究を行うよう心がけています。
小原さんの所属する名工大中村研究室。中央が中村修一准教授、左が小原さん
女性科学者について
Q. 研究の過程で、男性、女性の違いを意識することはありますか?
A. 研究の過程で、男性と体力的に差はないと感じますが、性格面では違いを感じます。例えば、パワフルに働く男性に対して、女性は繊細に理性的にものごとを進めている感じがします。しかし、実際に研究においてはどちらも必要な要素だと思うので、男性と女性の違いはありますが、それが相乗的に働くように意識しています。
Q. 先進国の中で一番女性科学者の比率が少ないといわれる日本の現状についてどう思いますか?
A. 現在の日本の女性科学者の割合は非常に少ないと思います。実際に私は、フランスの最先端の研究機関において1ヶ月間研究を行なう機会があったのですが、日本と比べて研究者を志す女性が多く、驚きました。
心の底から科学を楽しみ、切磋琢磨し合える女性が周りに居ること、また、多くの女性の指導的リーダーが居ることによって、女性が働きやすい環境、後に続きたいと思えるロールモデルが居る環境、この二つが整っているということを実感しました。フランスだけでなく、女性研究者の割合が高い先進国では出産・育児に対して国や企業からの支援が充実しています。このような社会全体での女性研究者へのバックアップが現在の日本には残念ながら少ないと感じます。
Q. どのような科学者になりたいと思いますか?
A. 私は、女性科学者として大変名誉ある賞を頂くことができました。それと同時に、日本を代表できるような女性科学者になる責任があるということも改めて感じています。
後につづく女性研究者を支え、未来の日本の女性研究者の増加、つづく日本の研究の質の向上を実現するためにも、私が目指すのは、世界に目を向けて科学という分野を常に把握し、有機合成化学という立場からアプローチするべき研究課題を捉え、学術的・産業的に意義があり、色褪せることのない研究を行なえる科学者です。
また、研究者として、論文を書くだけでなく、色々な機会を通じて科学の大切さを広く社会に伝えていき、より多くの人に科学を理解してもらえるように働きかけていける科学者になりたいと思います。
Q. 科学者を目指す、後輩の女性達にひと言メッセージをお願いします。
A. 私はこれまでの常識を覆し、新しい発見をしたとき、またそれが周りに認められたとき、これまでにない最高の喜びを感じることができました。現在の日本の女性科学者の割合が非常に少ない中、私は研究に携わり、新しい発見と日々向き合えることができる毎日をとても幸せに感じます。私はこの貴重な経験を、科学者を目指し、後につづく女性研究者へ語り、伝えいきたいと思っています。まだまだ少数ですが、私のような女性科学者がいることを知ってもらい、人生の選択肢の一つとなることを願っています。人生二度なし。自分のやりたいことを素直に思い切ってやってもらいたいと私は応援しています。
*書面にてのインタビューです
最後に
実は、今回受賞された小原さんにコンタクトを取った際に
この賞に申請する際、また授賞式に向けての準備等をする際、第6回受賞者であります植田さんのChem-Station紹介記事(こちら)や報道資料等を参考にさせていただきました。植田さんの受賞報道は、私にとって女性科学者としての刺激となり、また受賞に至るまでのモチベーションを高めるにあたって欠かせないものでありました。深く感謝申し上げます。
とメールをいただきました。なんとも嬉しい限りです。小原さんの記事も未来の本賞の応募者しいては受賞者の参考、刺激になってくれればと期待して筆を置きたいと思います。
最後にもう一度、小原さんこのたびは受賞おめでとうございます!