じんわりといのちを照らす画期的な蛍光分子が誕生
身体の中を透かして見せる。もし、これができればいろいろな場面で役に立ちます。例えば、ガンであるとか腫瘍の位置があらかじめ分かれば、むやみやたらとわたしたちのお腹を開いて探しまわらなくても済みます。また、マウスやラットといった実験動物を使った研究でも、同様に便利なことでしょう。
ここ数年で、身体を透過し赤外線の光でじんわりと判別できる蛍光分子が、新たに開発され、注目を集めはじめています。不可能が可能に変わりつつあるのです。ローダミンを改変した注目株[1],[2],[4]、分子設計の決め手はケイ素原子にあり、とな?
可視光と比べて、波長の短い光は紫外光と呼ばれる一方、波長の長い光は赤外光と呼ばれます。赤外光は可視光をさえぎるような材質でできた物体であっても透過できます。このことはよく知られた性質です。例えば、赤外線撮影すると、太陽光の下でも薄着の布一枚くらいは透かして見えます。悲しいかな、海水浴場などの公共の場では「赤外線撮影で盗撮するな」とわざわざ迷惑防止の条例に都道府県[6],[7]ごと定められているほどです。
盗撮ダメ!ぜったい
そして、実際、この赤外線を使い、マウス体内にある腫瘍の可視化に成功しています[2]。身体の中の様子が丸分かりです。マウスの身体を透過する光を当てて、蛍光分子の輝きを検出しています(緑色は画像処理した擬似カラー)。
からだのなかがスケスケです / 論文[2]より転載
透視で見通す千里眼。あるがままを受け入れざるを得なかった生物学に、確固な物質基盤の理解のもとなすがままの制御を可能にする化学が、新たに組み合わさるとき、わたしたちは何を見るのか、何が見えるのでしょうか。
ケイ素ローダミンは きらめくスターダムへ
蛍光分子は、決まった波長の光が当たると励起し、引き続いて決まった波長の光を蛍光として放出します。しかし、励起光と蛍光のどちらも赤外光となるような蛍光分子で、きわだって十分に明るいものは、あまり存在せず、実際の利用は限定的でした。赤外光は光子1個あたりの持つエネルギーが小さく、改善には困難が予想されます。赤外光に対応した蛍光分子の創製は、文字どおり挑戦的な課題です。
ローダミンは、アミノ基とトリフェニルメタン構造を持つ、蛍光分子のグループであり、多くは赤色の蛍光を放ちます。しかし、赤外光には対応していません。もう少しだけ波長を長くする必要があります。炭素・水素・酸素・窒素といった定番の元素では克服できなかった壁を乗り越えるため、新たにケイ素Si・ゲルマニウムGe・スズSnの14族元素を使ったローダミンの構造展開が検討されました[4]。この分子設計は、有機エレクトロニクス分野で発展いちじるしい典型元素化学[8],[9]の知見からも後押しされるものです[4](下記補足参照)。
実際に合成して比較したところ、成果は次のグラフのとおり。
波長が長いほど「身体を透ける蛍光分子」として好ましい
波長を最も長くできた改変ローダミンは、ケイ素を使ったものでした[4]。(質量分析機器で検出できる程度には合成できたものの不安定で蛍光特性は測定できなかった)スズローダミンは別として、ローダミン合成の前駆体で試した結果を加味して補うと、波長を長くする作用は「Si > Ge > Sn」の順になっていると考えられます[4]。
こうして最も優秀な成果[4]を出したケイ素ローダミンに注力。試行錯誤が続けられ、ついには700nmの王台を突破[2]し、ケイ素ローダミンはスポットライト輝くスターダムに歩を進めたのでした。
じんわりといのちを照らして見せるケイ素ローダミン
いくつか鮮やかな実演が報告されています。 例えば、タグつきタンパク質[1]、クリックケミストリー[1]、抗体[2]との組み合わせなどです。透過能力に加えて、赤外光は紫外線ほどには組織の細胞を傷つけない点も長所にあげられます。
「ケイ素ローダミン」×「タグつきタンパク質」[1]
(1) 細胞での動態を調べたいタンパク質について遺伝子を改変し、SNAPタグと呼ばれる特別なアミノ酸配列を付け加えます。このSNAPタグは、いわゆる自殺酵素のアミノ酸配列を利用したものです。細胞のDNA損傷を修復するタンパク質に由来しており、アルキル化されたグアニンを認識して、これと共有結合する性質があります[5]。
(2) タグつきタンパク質の遺伝子を実験動物に導入します。グアニンつきケイ素ローダミンを加えると、反応して蛍光標識することができます[1]。
「ケイ素ローダミン」×「クリックケミストリー」[1]
(1) 遺伝暗号拡張でトランスシクロオクチンつきの特殊アミノ酸を取り込んでリボソームがタンパク質合成できるようにしておきます。本来、リボソームは20種類の標準アミノ酸をつなげてタンパク質を作ります。しかし、いくつか遺伝子操作で準備しておくと、人工アミノ酸を思いのままに使わせることができるのです。
(2) テトラジンつきケイ素ローダミンを投与して蛍光標識します。トランシクロオクチンとテトラジンの組み合わせは、クリックケミストリーの新先鋒[3]であり、水中でも安定して速やかに反応が進みます。人工アミノ酸を1カ所を置き換えるだけのため、SNAPタグと比べてタンパク質立体構造への影響が少ない点が特長です[1]。
「ケイ素ローダミン」×「抗体医薬」[2]
冒頭にあげたマウス腫瘍を可視化した原理はこちらです。
(1) あらかじめガン組織を認識する抗体タンパク質に、ケイ素ローダミンのスクシンイミド誘導体を反応させておきます。タンパク質にあるアミノ基が標識されます。
(2) ケイ素ローダミンで標識された抗体をマウスに注射します。すると、抗体ががん細胞上の特異な構造を認識します[2]。マウスは遺伝子操作されている必要はなく、野生型個体で構いません。そのため、理屈上、ヒトでも同様のことが可能なはずです。
道具は揃いつつあります。どういう発展を遂げ、どういう成果が出てくるのか、まだまだ目が離せなそうです。
参考文献
- “A near-infrared fluorophore for live-cell super-resolution microscopy of cellular proteins.” Lukinavicius G et al. Nature Chemistry 2013 DOI: 10.1038/nchem.1546
- “Development of NIR fluorescent dyes based on Si-rhodamine for in bivo imaging.” Yuichiro Koide et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI: 10.1021/ja210375e
- “Genetic encoding of bicyclononynes and trans-cyclooctenes for site-specific protein labeling in vitro and in live mammalian cells via rapid fluorogenic Diels–Alder reactions.” Lang, K. et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI: 10.1021/ja302832g
- “Evolution of group 14 rhodamines as platforms for near-infrared fluorescence probes utilizing photoinduced electron transfer.” Yuichiro Koide et al. ACS Chem. Biol. 2011 DOI: 10.1021/cb1002416
- “Labeling of fusion proteins with synthetic fluorophores in live cells.” Keppler A et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2004 DOI: 10.1073/pnas.0401923101
- 茨城県 迷惑防止条例 第二条
- 山口県 迷惑防止条例 第三条
- リバネスsomeoneオンライン公開記事:挑戦とひらめきが新たな世界を呼ぶ(http://someone.jp/2012/09/tamaokohei/)
- “Silole derivatives as efficient electron transporting materials.” Kohei Tamao et al. J. Am. Chem. Soc. 1996 DOI: 10.1021/ja962829c
補足「なぜケイ素か?」
蛍光分子は、最高被占軌道(highest occupied molecular orbital; HOMO)から最低空軌道(lowest unoccupied molecular orbital; LUMO)にいったん励起され、そこから放出されるエネルギーで輝く。反結合性パイ軌道(antibonding pi orbital; π*)との相互作用に、ケイ素原子の反結合性シグマ軌道(antibonding sigma orbital; σ*)はより好ましく、炭素原子の反結合性シグマ軌道では最低空軌道が断絶してしまうが、ケイ素原子の反結合性シグマ軌道であれば最低空軌道が含ケイ素環で断絶しない。共役系がつながり最低空軌道のエネルギー準位が低下すると、励起波長と蛍光波長が深色効果(bathochromic effect)で長くなる。ゲルマニウム原子やスズ原子では、炭素原子との結合長がケイ素原子の場合よりも長くなることで軌道相互作用が減り、深色効果による波長の変化幅も劣る。