有名ハンバーガー店のMcDonaldはなんて呼びます?
マック?マクド?
よくある論争ですね。でも海の向こうじゃどっちも通じません。マクダーナウと言えば通じやすいと思います。
時間を聞きたい時は?
ワットタイムイズイットナウではなく、掘った芋いじくるな!が定番です。
今をときめく日本発の人気キャラ ポケモン(Pokemon)はポ キモンがいいでしょうね。
そうなんです。英語での発音はカタカナ読みとは少し、いやかなり違います。
先日のpHの読み方に関するポストに乗じてという訳ではありませんが本日は学術用語について少しだけ過激な提案をこの場でさせていただければと思います。ご気分を害される方もいらっしゃるかもしれませんが、国際化が叫ばれて久しい我が国ではこの問題をじっくり議論すべき時期が来たと考えております。
有機化学の教科書をお持ちでしたらその最初の方を開いてみてください。ほぼ全てで”アルカン“なるものの解説があろうかと思います。では英語で書かれた教科書ではどうでしょうか?はじめは”alkane“の章となっていることでしょう。
同じだねって?いいえ違います。英語では”アルカン”のように発音するものは存在しません。”alkane”はカタカナで表音するならば”アルケン”です。
えーなんだってー!? じゃあalkeneはどうすんの?カタカナで表音するならその発音は”アルキン”です。
またまたえーなんだってー!?じゃあじゃあalkyneは?ご安心ください。”アルカイン“のように発音します。
シャルル=ヴァランタン・アルカン (1813-1888) ロマン派の作曲家 本文とは一切関係ありません
筆者は有機化学者の端くれとして、学生の教育、そして研究の活動に従事しております。教育の場では特に有機化学の初等教育を担当していますので、必ず日本語でアルカン、アルケン、アルキン・・・と各項目を説明することになります。一方で研究の場では主に英語を使って論文を読み書きし、海外の研究者とのコミュニケーションは全て英語です。論文の読み書きには今まで通り中学生の時から仕込まれた英語のスキルで対応していったわけですが、会話はそうはいきません。筆者が受験生だった頃はリスニングなどというものはありませんでしたし、英語っぽい発音すると逆にバカにされるような雰囲気でした。よって研究者になった時、最も苦労したのが英語のスピーキングとリスニングです。
そして最も問題なのが専門用語で日本語(カタカナ)と英語の発音が全く異なる場合です。ついついアルカンと言いそうになるし、アルケンと聴こえたと思ったらそれは日本語で言うところのアルカンだったりという具合です。
ではどうしてこんな事になっているのでしょうか?その解が文献に記載されておりました。
書く人と読む人のための化合物名-情報検索に備えて-
K, Hata, CICSJ Bulletin 14(5), (1999).
以下長いですが引用します(強調は筆者による)
日本語による化合物名には昔からの伝統名のほか,IUPAC命名法の翻訳書などが よく利用されていたが,『文部省学術用語集 化学編』増訂版の編集にあたって, 日本語で化合物名を書く場合の命名法の大綱を決めておく必要が議題になった。そこで 1967年 日本化学会に化合物命名法委員会が設置され,審議の結果定められたのが,現在の日本化学会編『化合物命名法』である。
従来の文部省学術用語集に採用されていた既定用語,従来広く慣用されてきた日本語名は,なるべく変えないようにするが,原則としては仮名書きの通則をきめて,全体的に統一をはかるようにした。
命名法委員会では日本語による命名法の問題点を慎重に審議した結果「化合物名日本語表記の原則」をまとめ,その原案を日本中の主要研究者230人にアンケートとして送り,103人からの回答を整理検討し,原案にいくつかの修正を加えた結果,情報検索の要諦として当分の間変更しない見通しのもとに,1971年12月にこの原則を制定し,日本化学会編『化合物命名法』の巻頭に解説した。
◆「日本語表記の原則」で一番議論になったのは片仮名書きの方法であった。一般に外国語は原語の発音に近い「音訳」として片仮名で書かれることが多いが,この方法では同じ化合物でも発音が違うと異なった化合物名となり,原語の発音がわからなければ化合物名を正しく書くことができない。これでは一貫性のある規則的な命名法を作ることは不可能である。
「日本語表記の原則」では,原語の発音とは関係なく,原語の綴字が機械的に仮名書きに移されるような「字訳」(transliteration)の方法をとることになった。これはロシア語のキリル文字を機械的にラテン文字に移しかえるのと同様である。
この「日本語表記の原則」で規定されているのは〈書くための化合物名であって,口頭で話すための化合物名ではない〉ということである。この点は原典になるIUPAC命名法でも,緒言で 〈この命名法は教科書,論文誌,報告書その他の文書に書くためのもので,会話や講義・講演など口頭で発表するためには必ずしも適当なものではない〉と記されている。
字訳の基本となる「字訳規準表」を定めるにあたって,当時多くの有機化学者はドイツ語による教育を受けて来たので a → ア, er → エル など ドイツ語の発音に近い字訳が規準表に多く採用される結果になった。現代は英語が主流になったので,アセタート,ペルオキシドなどの字訳名に違和感をもつ化学者が増えたのは当然のことであろう。
「化合物名字訳規準」には,慣例として定着しているものには例外を認めるという項目があって,ase → アーゼ,ate → アート などと 定めてある。「字訳規準表」を定めるためのアンケートではアート,エートが伯仲し 僅差で アートが優勢だったので,アートが採用されたが,あの時,字訳の例外項目で ate → エート としておけば,現代にも通用したのにと残念に思っている。
peroxideも英語ではパーオキサイドと発音されるので er → アー としておけばよかったかもしれない。当時は,それでは terpeneはターペンとなり,ergosterolはアーゴステロールとなるという反論があって,機械的に er → エル に決まった。
不幸ですねえ。その時外国語を日本語読みに直すとき、綴りではなく発音でカタカナにする方法を採用してくれていればこんな状態にはならなかったというのに。
学生が卒論などを書くときは、酢酸エステルのことをアセタート、ヨウ化物のことをヨージドと訂正する事が定番になっています。でも外国人にアセタート、ヨージドと言っても全く伝わりません。ちゃんと書くための化合物名であって、口頭で話すための化合物名ではないとされていますが、教科書にこれが書いてあれば、必然的にそれを踏襲して覚えていくしかないので、二度手間になってしまいます。
一方で不思議なのはdioxinで、ジオキシンとすべきなのにダイオキシンとして一般的に定着しています。この例からもわかるように用語は使用する人の割合が増えればそちらに移行して行くことができるということを示しています。悪貨が良貨を駆逐するで一向にかまわないと思います。
2,3,7,8-Tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD)
生物分野の方は意識してかどうかわかりませんが英語的な読み方をされることが多い気がします。引用にもありますが酵素は語尾がaseなので和名ではアーゼとなります。例えばリン酸化酵素はkinaseですのでキナーゼと読みますが、これをカイネースと英語に近く呼んでいるといったぐあいです。これをみんなが繰り返していけば定着していって遂には教科書を書き換える日がくるのかもしれません。
綴りをカタカナにするやり方も一定の意義があったと思いますが、その意義はもう薄れたのではないでしょうか。これからはむしろ外国人とのコミュニケーションを前提とした専門用語が求められると考えます。この辺で思い切って化学に限らず全ての科学分野で用語を見直していく機運が高まってくことを望みます。戦後一度直したのですから、やってやれないことはないはずです。
いかがです?明日から英語かぶれと思われてもいいから、キートン、アルデハイド、アルコホールで通してみませんか?でもアルカン、アルケンは混乱するといけないのでやめておきましょう。
参考サイト
福山透先生 インタラクティブ有機化学英語