[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

自在に分解できるプラスチック:ポリフタルアルデヒド

[スポンサーリンク]

 

ポリオレフィンやポリエステルといったプラスチックは安定性が非常に高いため、使い捨て容器やPETボトルなどとして幅広く利用されています(図は文献2より引用)。しかし、「安定性が高い」ということを言い換えれば「分解されにくい」ということになります。そのため、自然界に残存したプラスチックが環境汚染の原因となったり、リサイクルしにくかったりといった欠点があります。

しかし、しかし。化学の力は、「自在に分解できる高分子」といったちょっと変わったプラスチック=ポリフタルアルデヒド=Poly(phthalaldehyde)を実現してしまうのです。今回は、そんなポリフタルアルデヒドに関する最近の論文をご紹介します。

[1] Reproducible and Scalable Synthesis of End-Cap-Functionalized Depolymerizable Poly(phthalaldehydes)
DiLauro, A. M.; Robbins, J. S.; Phillips, S. T.*
Macromolecules 2013, 46, 2963-2968. DOI: 10.1021/ma4001594

[2] Stimuli-Responsive Core-Shell Microcapsules with Tunable Rates of Release by Using a Depolymerizable Poly(phthalaldehyde) Membrane
DiLauro, A. M.; Abbaspourrad, A.; Weitz, D. A.; Phillips, S. T.*
Macromolecules 2013, 46, 3309-3313. DOI: 10.1021/ma400456p

ポリフタルアルデヒドは、酸や熱で分解する高分子であるため、リソグラフィーなどに利用されていましたが、高温にさらさないと分解しないなど、利用が限定されていました。2010年、ペンシルベニア州立大学の Phillipsらはポリフタルアルデヒド末端の保護基を外すと同時に以下の図1のようにカスケード反応が起こり、ポリフタルアルデヒドが分解され原料のフタルアルデヒドへと戻る(解重合する)ことを報告しました[3]。この報告をもとに、ポリフタルアルデヒドの刺激応答性解重合を利用する研究が行われています。

 

PPA4.jpg

図1. ポリフタルアルデヒドの解重合機構

 

文献1では、アリルカーボネート末端をパラジウム触媒により溶液中で脱保護したところ、30分で完全に分解されてしまいました。また、固体状態であっても光により脱保護されるオルトニトロベンジル末端を導入したポリフタルアルデヒドのフィルムに、光照射を行ったところ、末端の脱保護によりフィルムがモノマーへと変換されました(図2, b→c→dまたはe→f→gの変化)。高分子末端の保護基を外すだけの小さな変化が高分子鎖全体の解重合という大きな変化を産み出す、ダイナミックな反応です。
PPA1.jpg

図2. 光によるオルトニトロベンジルの脱保護を利用した解重合(文献1より引用)

 

そんなポリフタルアルデヒドを殻としてカプセルを作成すれば、カプセルの選択的に崩壊させることができます。文献2では、Phillipsらはフッ素により脱保護されるシリル系保護基を導入したポリフタルアルデヒドを用いて、蛍光物質を内包したカプセルを作成しました。シリル系保護基を脱保護できるフッ化テトラ-n-ブチルアンモニウム(TBAF)水溶液にこのカプセルを加えたところ、カプセルの分解が始まり、カプセル内部の蛍光物質が流出して見えなくなっていく様子が観察されています(図3)。

 

PPA2.jpg

図3. マイクロカプセル外殻の解重合により、内部の蛍光物質が時間が経つにつれ消失していく様子 (文献2より引用)

 

このように、ポリフタルアルデヒドからフタルアルデヒドへの解重合を行うことで、原料の完全なリサイクルが可能となります。実際、きれいに解重合が進行しているようで回収したモノマーは再度重合に用いることもできたそうです。このような、特定の刺激に応答して分解する特性はセンサー・自己修復性材料・ドラッグデリバリーなどへの応用が期待されます(モノマーの毒性等問題もありますが)。

 

そして、ポリフタルアルデヒドに限らず、プラスチックリサイクルに関する研究は。現在最も精力的に取り組まれている分野の一つです。例えば解重合技術が進展して、家庭でプラスチックの完全なリサイクルが可能な未来、「この服はもう着ないから、お皿にしちゃお」…なんて未来はそう遠くないのかもしれません。

 

参考文献

[3] Seo, W.; Phillips, S. T. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 9234−9235. DOI: 10.1021/ja104420k

 

関連リンク

The Phillips Group – Penn State University

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4274203131″ locale=”JP” title=”入門 生分解性プラスチック技術”]
Avatar photo

suiga

投稿者の記事一覧

高分子合成と高分子合成の話題を中心にご紹介します。基礎研究・応用研究・商品開発それぞれの面白さをお伝えしていきたいです。

関連記事

  1. セミナー「マイクロ波化学プロセスでイノベーションを起こす」
  2. トーンカーブをいじって画像加工を見破ろう
  3. 第8回平田メモリアルレクチャー
  4. TLCと反応の追跡
  5. 材料開発における生成AIの活用方法
  6. 超高速レーザー分光を用いた有機EL発光材料の分子構造変化の実測
  7. 第18回次世代を担う有機化学シンポジウム
  8. 近年の量子ドットディスプレイ業界の動向

注目情報

ピックアップ記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスを実践するためのベイズ最適化入門 -デモンストレーションで解説-
  2. 第25回 溶媒の要らない固体中の化学変換 – Len MacGillivray教授
  3. 有機合成化学協会誌2022年6月号:プラスチック変換・生体分子変換・ラジカル反応・ガタスタチンG2・オリゴシラン・縮環ポルフィリン誘導体
  4. カイコが紡ぐクモの糸
  5. 続セルロースナノファイバーの真価【対面講座】
  6. オリーブ油の苦み成分に鎮痛薬に似た薬理作用
  7. スケールアップ実験スピードアップ化と経済性計算【終了】
  8. オゾンホールのさらなる縮小を確認 – アメリカ海洋大気庁発表
  9. ケーニッヒ・クノール グリコシド化反応 Koenigs-Knorr Glycosidation
  10. クリスティーナ・ホワイト M. Christina White

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年7月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー