さて皆さん上図をごらん下さい。これらは少し前に報告された触媒反応[1a,1b]のグラフィカルアブストラクトです。ほぼ同時に投稿されているうえ、触媒系にもさほど違いがありません。
こういう事態が起こると外野からは「どっちがどっちをパクったの?」「どっちにレフェリーが回ったの?」と安直に言及されがちです。
しかしあえて言おう・・・「ほとんど独立に取り組んだにも関わらず、全く同じ条件に行き着くケースは、超一流の研究領域ではありえるのだ」と!
気ままに有機化学さんでも「世界同時多発研究」と称して紹介されていますが、こういうことは実際少なくないのです。以前紹介したこの例なんかも、その一例と捉えられるでしょう。
今回はどうしてこんなことが起こったのか、研究背景を押さえながら推測してみたいと思います。
お互いが自分の得意技から攻めはじめた!?
この2例については両名の研究背景を眺めることで、単なるパクりパクられとは取れない構図が浮かび上がってきます。すなわち、自分たちの得意技を発展させたうえで最新の知見をミックスし、ほとんど同時期に同じ触媒系にたどり着いた、稀有な例と言って良いでしょう。
まず、置換エノラートの不斉α-アリール化は解決困難な課題として知られていた前提があります。α位の酸性度が高く、容易にエピ化して不斉収率が保たれないためです。
難題解決をはじめるには、やはりそれなりの勝算がないと取り組むだけ不毛になりやすいもの。そこを規定する大きな要素は、やはり自らの強み(研究蓄積)にあるわけです。
Gauntらは2008年前後から、「銅+超原子価ヨウ素」「芳香族C-H活性化」をアピールポイントに据えた研究を展開してきています(一例として[2])。諸々の知見から、彼らは銅+超原子化ヨウ素がきわめて強い求電子性をもつCu(III)アリール中間体を生成しているのでは?という洞察を得るに至りました。
研究室からの既報論文を概観するに、彼らが主要標的としていたのは芳香環(sp2炭素)です。シリルエノラートが本系に適用できるとする勝算に行き着くには、幾ばくかのアイデアが必要だったようにも見えます。しかしそこまで飛躍のあるものでも無く、そこさえ見えればあとは最適な不斉化条件を見つけるだけとなります。
一方のMacMillan側は、エナミンを酸化的に修飾する考え、すなわちSOMO-Activation概念[3]を2007年に報告しています。それ以降は本概念をさらに拡張すべく、「MacMillan触媒からのエナミン+様々な酸化試薬」の組み合わせを多数探索する研究を遂行しています。その過程で彼らは、Togni試薬を用いる不斉トリフルオロメチル化を報告[4]、その知見を更に発展させた、超原子価ビアリールヨウ素試薬を用いるアルデヒドの不斉アリール化[5]を達成しています。ただ混ぜるだけでは反応せず、銅塩を共触媒として用いるという発見が重要でした。
彼らの既報をみるとほとんどの場合、アルデヒド→ケトンへと基質拡張を行う方針で進めています。しかしMacMillan触媒を用い、ケトンを基質とする[5]と同様の反応は未だ報告がありません。つまりおそらくは上手くいかず、次善策としてシリルエノラートを用いる策に行き着いたのでしょう。こうなると不斉化するには、銅の不斉配位子を探索する方針をとらざるを得ません。
お互いが相手の得意技を参考にした!?
数々の報告が入り組んだタイミングでもあるので、論文だけだと非常にジャッジの難しいところではありますが、上記の背景および数々の報告から、
① Cu(III)アリール中間体が強い求電子剤として機能する
② エノラート系求核剤がCu(III)系を阻害する可能性は低そうだ
③ エノラートα位の不斉アリール化は解決困難な課題として長年知られていた
①②の感触は両グループとも正確に把握できており、その上で③の問題認識から同じ触媒開発を標的にした、と見ることが出来そうです。
エノラート等価体+金属+超原子価ヨウ素が実効性を示す②に関連した報告([4], 2010年)を先んじたのはMacMillanですが、その前身となる①についての示唆を広く周知させた([2], 2009年)のは、Gauntと見るべきでしょう。
こう考えてみると、これらタイムリーな同時報告に行き着くには、どちら側にも「他人の報告のいいとこ取り」が必要だったように見うけられます。
なぜ「同時多発研究」が起きるのか?
筆者も触媒開発研究者の端くれなので、「世界同時多発研究」の存在は肌感覚で分かります。これは化学の世界に限った話ではありません。
その背景には、「時代が認める反応」=グラントの取れる、評価されやすいプロジェクトを誰しも追い求めている現実があります。
ここでの問題は、誰もが同じ「最近のキー論文」を参考にした上で取り組みはじめることにあるのだと思います。もっとざっくり言うならば特定の論文が出た瞬間に、”ヨーイドン”で皆が同じ探索をはじめてしまうのです。オリジナリティに過度に固執すると食えなくなる現実を、皆痛いほど分かっているとも取れるのでしょうが・・・。
現代ではほとんどの主要ジャーナルが電子化され、出版直後から情報共有が実現されてしまいます。その一方で、重要プロジェクト立案に決定打を与えるほどインパクトある論文はというと、そこまで多くはありません。つまり多くの領域で、アイデアの源は誰しも同じになってしまっているのです。
さらには最短距離でのゴールを狙うべく、既存系の周辺から探索を開始すること、実用性および探索の易化という付加価値を見越して、入手容易な市販試薬から検討をはじめることも常套です。
流行で簡便に取り組める研究領域ほど、「情報・リソース格差の少ない研究フィールドでの、局所最適化ゲーム」たる様相を呈しているわけです。ゴールである標的反応に加え、ベースとなる既存系、使用する化学物質までもが同じであれば、結局自然界の選ぶ同一条件に行き着いてしまうのはこれ必然というものでしょう。
もちろん圧倒的大差で負けてしまうラボもその裏には多くあり、それらは表(論文)に出てくることすらありません。見た目以上に過酷な世界と言えます。
しかし今回紹介した2例は少し特別で、過去の研究過程およびタイミングを考えても、公開情報だけを参考にして出てきた成果では無さそうです。それぞれのラボが蓄積してきた独自知見を活用し、現実を補完する想像力をフルに働かせた上でのフェアな競争だったのではないでしょうか。
もっと言うなら、超一流の頭脳が抜き身の真剣勝負を行い、絶妙な距離感で対峙した帰結と言っても過言ではありません。傍観者の自分から見ても、ゾクゾクするものがありますね・・・!
余談ですが、同じジャーナルにほぼ同時投稿・アクセプトされた場合には、Editor側が配慮してBack-to-Back掲載(ページ数連番)にするという慣習があります。だからタッチの差ぐらいであれば見かけ上同時に登場してくることになります。今回の2例もそうなっていますね。
関連論文
[1] (a) Bigot, A.; Williamson, A. E.; Gaunt, M. J. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 13778. DOI: 10.1021/ja206047h (b) Harvey, J. S.; Simonovich, S. P.; Jamison, C. R.; MacMillan, D. W. C. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 13782. DOI: 10.1021/ja206050b[2] (a) Phipps, R. J.; Gaunt, M. J. Science 2009, 323, 1593. DOI: 10.1126/science.1169975
[3] Beeson, T. D.; Mastracchio, A.; Hong, J.; Ashton, K.; MacMillan, D. W. C. Science 2007, 316, 582. doi:10.1126/science.1142696
[4] Allen, A. E.; MacMillan, D. W. C. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 4986. doi:10.1021/ja100748y
[5] Allen, A. E.; MacMillan, D. W. C. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 4260. doi:10.1021/ja2008906