6月も終わりが近づいてまいりました。雨は多くなるし、暑くなるし、有機合成のやりにくい季節ですね。
最近、天然物合成の記事が減ってきたように思いますので、私が印象に残っている天然物の合成をいくつか紹介させて頂きたいと思います。
NicolaouらによるTaxolの全合成 1)を紹介します。
Taxolという化合物については、さほど説明する必要はないかもしれません。これほど生化学的にも有機合成化学的にも魅力的な化合物はないと言っても過言ではないでしょう。
TaxolのA環に付いている側鎖(尾部)は、Ojima lactam 1 2)を用いて取り付けることとすると、バッカチンとよばれる四環性骨格2をいかに合成するかということになるのですが、Nicolaouらはこれを収束的なルートで合成することとしました。すなわち、A環のフラグメント5とC環のフラグメント6を連結しながらB環を作る合成ルートです。
まず、A環フラグメント5とB環フラグメント6をShapiro反応によって連結します。その後、ジアルデヒド3をMcMurryカップリングによって連結し、B環を構築する計画です。
A環およびC環フラグメントはいかに合成すればよいでしょうか?どちらも6員環なので、ぱっと思いつくのはDiels-Alder反応ですが……
単純に考えるとA環構築ではジエノフィルとしてケテンを用いることになりますが、扱いやすい2-クロロアクリロニトリルを用いて反応を行っています。置換基の多いジエンでは、Diels-Alder反応の副反応として1,5-水素移動がよく見られます。しかし、本系では、1,5-水素移動による生成物が出発原料と同じになるように巧みに設計されており、収率良くA環を構築しています。
続いて、C環の構築です。Diels-Alder反応で構築するならば、ジエンとしてジエノールエーテルを用いることになり、これも合成・取り扱いが厄介になる可能性があります。
ここでは、3-ヒドロキシ-2-ピロンをジエンとして用い、試薬としてボロン酸を添加するという工夫がなされています。ボロン酸は2つの基質を接近させ、反応性・選択性を向上させる役割を持っていると考えられます。
骨格構築後にジオールを加えることによってボロン酸を脱離させると、ラクトンの交換が起こり、C環のフラグメントが出来上がります。
いよいよ、ここからA環とC環の連結です。最初の難関であるShapiro反応では、ヒドラゾン部分先端のアリール基にまで気を配らなければなりません。かさ高いアリール基でないと、アリールアニオンがカルボニル基に付加してしまうことになります。本反応では2,4,6-トリイソプロピルフェニル基を採用されており、かなりの検討がなされたことでしょう。
B環の構築は計画通りMcMurryカップリングによってなされました。おそらく、ここでもかなりの検討がなされたはずです。A環とC環を背負った基質でのB環構築として、収率23%は良好であると考えられます。
このひずんだ骨格を壊さずに官能基を変換するところは、Taxol合成の重要なポイントです。Nicolaouらの合成ルートの特徴の1つとして、合成の終盤にA環のアリル位を酸化する点が挙げられ、こうした知見はのちに様々なところで活かされると期待できます。
なお、NicolaouらのTaxolの全合成におけるドラマは、合成過程にとどまりません。
有機化学美術館に非常に面白く書かれていますので、こちらも参考にして頂ければと思います。
参考文献
1) Nicolaou, K. C.; Yang, Z.; Liu, J. J.; Ueno, H.; Nantermet, P. G.; Guy, R. K.; Claiborne, C. F.; Renaud, J.; Couladouros, E. A.; Paulvannan, K.; Sorenesen, E. J. Nature 1994, 367, 630. doi: 10.1038/367630a0
2) Ojima, I.; Habus, I.; Zhao, M.; Zucco, M.; Park, Y. H.; Sun, C. M.; Brigaud, T. Tetrahedron, 1992, 48, 6985. doi: 10.1016/S0040-4020(01)91210-4