前代未聞の炭素骨格を持った機能未知の単糖「ブラジリゾース」
糖の構造と言えば、高校生のときに、これだけは覚えろと言われ、グルコースなど無理矢理に暗記した思い出も、今は昔。ひもつけて理解すれば大したことないのですが、なかなか難儀であった記憶がおぼろげにあります。あれれ、ヒドロキシ基の向きはどっちでしたっけ?
糖、とくに単糖と言っても、自然界には何十種類とあるわけですが、ヒドロキシ基の向きなんてささいなことではない、奇妙奇天烈な炭素骨格を持つ糖が、植物共生菌ブラジリゾビウム(Bradyrhizobium sp.)から、発見されました[1]。その名もブラジリゾース!
糖のかたちの微妙な違いを識別したり、特別な機能を持たせたりすることが、地球上の生命はみな好きなようで、細菌も、カビも、植物も、昆虫も、人間も、からだじゅう細胞の周りは糖鎖だらけです。糖はあちこちにある!
立体異性を含めると、自然界には多くの種類の単糖があります。糖がつながってできた高分子多糖は、核酸やタンパク質に続く「第三の生命鎖」として注目されており、ポストゲノム時代を感じさせる一大研究テーマになっています。糖はすごい!
ブラジリゾースの奇妙な炭素骨格
新たに単離[1]された糖はC10H18O8の分子式。ブラジリゾビウム属に分類される細菌(Bradyrhizobium. sp)の細胞壁から見出され、ブラジリゾースと命名されました。語感が似ていますが、国名の「ブラジル」とも、辛い「チリソース」とも、まったく関係ありません。
8の字型の環を2つ持つ構造は例がなく、当然のことながら生合成の経路も不明。かなり奇妙奇天烈な単糖です。
ブラジリゾースが多数つながった高分子多糖
ブラジリゾースの機能は、細胞壁多糖から単離されたというだけで、あとはほとんど不明です。本来、細菌抽出物を投与すると、分子レベルでは、何かしら植物が反応するものですが、活性酸素の発生を指標に調べてみると無反応[1]だったので、ブラジリゾースは植物共生菌であるブラジリゾビウム菌の表面にあって、病原菌と間違われて宿主植物から排除されないようにする役割があるのかもしれません。さながら「天狗の隠れ蓑」や「ドラえもんの透明マント」みたいなものでしょうか。
これはあくまでただの模式図です
謎がいっぱいブラジリゾビウム菌の魅力
糖、ブラジリゾースが単離されたブラジリゾビウム菌BTAi1株(Bradyrhizobium sp. BTAi1)は、マメ科植物のクサネム(Aeschynomene indica)と共生します。クサネムは日本国内でも、河川敷や、水が抜かれた田んぼなどで、雑草扱いされている植物です。
このブラジリゾビウム菌は、従来よく研究されてきたリゾビウム属に分類される細菌(Rhizobium sp.)とは属が違うものの、窒素固定が可能な根粒菌のなかまです。窒素固定とは、空気中の窒素ガスから、植物の肥料になるアンモニア態の窒素栄養分を作ってしまう、作用のことを言います。窒素分をもらう代わりに、宿主の植物は共生中の細菌へ光合成でできた糖分を差し出します。
一般に、窒素固定する根粒菌がマメ科植物を認識して共生するまでの分子機構は、ここ10年でおおまかな全体像がほとんど解明されました。根粒菌から「共生しようよ」というメッセージを送る特別な合図となる物質も判明し、高活性な類縁体合成もなされています[2]。
しかし、これまでで分かってきた共生の仕組みが、ブラジリゾビウム菌ではどうもあてはまらないようなのです。実際に、ブラジリゾビウム菌のゲノムを読んで、遺伝子すべてをチェックしてみても、従来どおりでは説明できないことが分かっています[3]。
ブラジリゾビウム菌がクサネムと共生する神秘のベールに包まれた仕組みを解明して、窒素固定の能力を他の根粒菌でも高めてやれば、ゆくゆくは窒素肥料なしで畑作できるようになるかもしれません。それは、化学肥料使用の低減につながり、農家にも環境にも優しい農業になるでしょう。
ブラジリゾースが、ブラジリゾビウム菌にとって、何をしているのか、まだまだはっきりと証明されたわけではありません。ユニークな構造に、ユニークな機能があると、いいですね。
参考文献
- “A Unique Bicyclic Monosaccharide from the Bradyrhizobium Lipopolysaccharide and Its Role in the Molecular Interaction with Plants.” Silipo A et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2011 DOI: 10.1002/anie.201106548
- “Simple Synthesis of Nodulation-Factor Analogues Exhibiting High Affinity towards a Specific Binding Protein.” Grenouillat N et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2004 DOI: 10.1002/anie.200460275
- “Legumes Symbioses: Absence of Nod Genes in Photosynthetic Bradyrhizobia.” Giraud E et al. Science 2007 DOI: 10.1126/science.1139548