天然から発見された有機化合物には、2つの同じ(もしくは似ている)ユニットが結合したような構造をもつものがたくさんあります。これらは二量体(型)天然物(dimeric natural products)と呼ばれ、2004年に行われた調査では、約3000報に登る天然物に関する論文のうち、およそ17%が二量体天然物に関するものだったそうです [1]。こういったものは構成パーツが同様でも、結合パターンの違いによって、実に様々な生物活性を示すことが知られています。つまり二量体天然物合成法の開拓は、これら膨大な化合物群に関する理解を得るための、有効なアプローチになるのです。
さてこのたび、難関二量体天然物の一種であるBE-43472Bの全合成が東京工業大学の鈴木・瀧川らによって達成されました。2009年にNicolaouによる全合成[2]が報告されて以来、2例目の全合成になります。
“Total Synthesis of the Antibiotic BE-43472B”
Yamashita, Y.; Hirano, Y.; Takada, A.; Takikawa, H.; Suzuki, K.* Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 6658. DOI: 10.1002/anie.201301591
二量体の「変わり種」・・・さてどう作る?
今回の主役であるBE-43472Bは2つのアントラキノン単位で構成されることから、ビスアントラキノンと呼ばれるグループにカテゴライズされています。多くのビスアントラキノンはsp2炭素間のビアリール結合を介してつながっていますが、稀に“へそまがり”な結合様式でつながったものもあります。BE-43472Bはまさにそのような「変わり種」であり、片方のユニットがもう片方のユニットの核間位に結合しています。見比べると、トポロジー的にも不斉中心の数という点においても、他より明らかに複雑な化合物であることが分かります。
BE-43472Bの全合成では、赤で示した結合をどうやって作るか?がポイントになります。また青丸で示した水酸基も脱離しやすく、一筋縄では構築できません。彼らはこの難題をどうやって解決したのでしょうか?以下、順番に眺めていきましょう。
見せ場は巧みな結合移動と立体制御!
まずはアントラキノンユニット間の結合ですが、彼らはピナコール転位反応を利用した戦略を用いることで、これを巧みに構築しています。
上部ユニットに当たるAは、一見、手の込んだ化合物ですが、市販の化合物から7工程で合成することができます。これにBのリチオ化体を付加させた後、ピナコール転位反応により核間位における立体選択的な結合形成を実現しています。ここでのポイントは、その1,2-転位の位置選択性です。ピナコール転位反応ではしばしばカチオン発生の位置選択性が肝となりますが、この場合は青で示したイソオキサゾールからの電子供与によりそれが保証される、という仕掛けです[3]。
続いての鍵工程は、C11位に置換したメチル基の立体選択的導入です。彼らはこの課題を、ラクトール誘導体のメチル化を利用した手法により解決しています[4]。
まず、3工程の変換によりCからDを経由し、Eを合成しています。このEに対し、ルイス酸とMe3Alを作用させると、系中で生じるオキソカルベニウムイオン中間体に対するメチル化がジアステレオ選択的に進行します。(1)水の存在下、(2)ルイス酸としてTMSOTfを用い、(3)反応剤のモル比を適切に調節することが、この反応の成功をもたらしたポイントたるようです。
最後の山場は、C3位水酸基の導入です。彼らはエポキシドの還元的な開環によりこれを達成していますが、ここでも困難に遭遇しました。C2–C3位オレフィンのmCPBA酸化を試みたものの、望みのものとは逆の相対立体配置を有するエポキシドが得られたのです。しかしそれならば、とハロヒドリンを経由するエポキシ化にトライ。最終的にギ酸とN-ブロモサッカリンという珍しい組み合わせに行き着いており、表に出ない苦労の跡がうかがえる工程となっています。
これを後続の変換に伏すことで、C3位水酸基の構築、そして見事全合成を達成しています。
全合成を達成して・・・
今回はプロジェクトの陣頭指揮を執られ、見事全合成を達成された瀧川紘先生ご本人から特別にコメントをいただきました。全合成研究につきものの艱難辛苦・厳しい競争に何度も直面し、乗り越えた末に行き着いたゴール――現場ならではのリアリティ、醍醐味、達成感を、読者の皆さんも感じて頂ければ幸いです。
天然物合成はしばしば山登りに喩えられますが、それは未踏のピークを目指しながら、道なき道を地図なしで突き進むようなものであり、時に回り道や後 戻りを強いられることもあります。私たちもまた、BE-43472Bの合成研究において、一度は“9合目”まで辿り着きながら撤退を余儀なくされたのです が、そこではC3位水酸基との“因縁の対決”がありました。
炭素骨格の構築を終え、残すところはC3位水酸基の導入のみ、まさに 大詰めまできたところで、K. C. Nicolaou教授グループによる全合成が報告されました。2009年のことでした。ディールズ・アルダー反応を駆使した“神懸かり的”な骨格構築を目 の当たりにし、怯まなかったと言えば嘘になるでしょう。些か気落ちした私たちを駆り立てたのは、その合成において唯一苦戦しているように見受けられた(粗 探し?)C3位水酸基の導入を、妥協せずに究めるぞ!というチャレンジ精神でした。しかし、試行錯誤も虚しく、食料(合成経路先端の化合物)も底をつき、 ついには下山という苦渋の決断を下すこととなりました。
その後、ラクトンDから再出発する新しいルー トが奏功し、幾度となく逆風に煽られながらも登頂を果たしました。振り返ってみれば、“あと一歩”から3年の月日が流れていました。今回の速報にその全容 が記述されているわけではありませんが、読者の皆様には論文を手にとり、一つの全合成研究にまつわる波乱万丈に触れていただければ幸いです。
なお、本研究は、鈴木啓介先生のご指導の下、山下 裕博士(現・大塚製薬株式会社)を中心とし、平野 陽一君(博士課程1年)、高田 晃臣博士(現・富士フィルムファインケミカルズ株式会社)と共に進めたものです。とりわけ、実践先行、「考えながら手を動かす」のスタイルで頂上にアタッ クし続けた、山下博士と平野君とによる不断の努力の賜物であることを追記させていただきます。
関連文献
- T. Voloshchuk, N. S. Farina, O. R. Wauchope, M. Kiprowska, P. Haberfield, A. Greer, J. Nat. Prod. 2004, 67, 1141. DOI: 10.1021/np049899e
- K. C. Nicolaou, Y. H. Lim, J. Becker, Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 3444. DOI: 10.1002/anie.200900058
- K. Suzuki, H. Takikawa, Y. Hachisu, J. W. Bode, Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 3252. DOI: 10.1002/anie.200605138
- K. Tomooka, K. Matsuzawa, K. Suzuki, G. Tsuchihashi, Tetrahedron Lett. 1987, 28, 6339. DOI:10.1016/S0040-4039(01)91368-1
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