環状ペプチドの人工ライブラリから新薬続々登場か
わたしたち人類は、化学の方法論が確立して以来、多種多様、膨大な数の分子を新たに合成してきました。2012年には、登録されているだけでも7000万種を越えたといいます。それでもなお、未踏の可能性をもとめ、研究者は、際限なく広がる化合物空間を探検し続けています。
創薬分野でも、この冒険物語は同じです。最近は、組み合わせの化学「コンビナトリアルケミストリー」の手法が、きわだった発展をみせています。膨大な数の化合物を作り分け、さらにはその中から欲しい性質を持った化合物を選び出す、これらの工程が自動化、洗練されてきました。
新たな地、新たな海、新たな空。今まで誰も試さなかった、試せなかったその先へ。多種多様な生理活性の期待される環状ペプチドの創薬プラットフォームが、今、整いつつあります。
うじゃけた顔してどしたの? 1977年のギルマンやシャリーがノーベル賞を取った時代と違って、そこらの生化学サンプルつぶしても新しい生理活性ペプチドなんてなかなか取れないよね。取れたとしても、アミノ酸がまっすぐつながっただけのオリゴペプチドなんて、合成屋から構造化学の観点で見たら、興味わかないって? つまらないなら ほ ら ね。環状ペプチドの大きなコレクションを作って、みんなで輪になって踊ろ!
今なぜ環状ペプチドが注目されるのか
ペプチドは多種多様な生理活性を持つ化合物群です。
生理活性物質の単離は、生命現象解明への糸口となり、またときとして新規な医薬リード化合物への候補をわたしたちに与えてくれます。すりつぶして分かるものを調べつくした生化学全盛の時代。ギルマンやシャリーのみならず、半世紀前には一大研究分野として生理活性ペプチドが数多く単離されました。見つかった生理活性ペプチドの多くは、生合成しやすいまっすぐな直鎖状のペプチドでした。
しかし、21世紀に入り、今となると、新しく生理活性ペプチドを発見したという報告数は鈍化しています。分子生物学の発展も相まって、従来の方法だけで進展がみられることは、珍しくなってきました。
そこで「まっすぐ」から「わっか」へのコンフォメーション固定化です。
ほとんどの医薬分子は、標的になる特定のタンパク質と直接に相互作用し、その機能を乱すことで、薬理活性が出ます。医薬分子がタンパク質と複合体を作ったときの構造は、溶液中にある自由度の高い構造と異なり、ガチっと違います。そのはまった状態の構造に近いかたちで新たに化合物を設計できれば、特定の標的タンパク質だけによく効く、高活性で新規な医薬分子が作れます。
このとき役に立つ設計テクニックが、「コンフォメーション固定化」です。例えば、環にすることで、とりうる立体構造がギュっと制限されるのです(ケムステ記事『肝はメチル基!?ロルカセリン』参考)。このコンフォメーション固定化の理屈で言えば、へにょろーんと長いペプチドでも直鎖状よりは環状のほうが、生理活性物質にヒットする可能性が高いのではないかと期待されます。
どうやって環状ペプチドのライブラリを作るのか
化合物を合成・収集し、図書館にある本のようにひとまとまりにしたコレクションをケミカルライブラリ、あるいは単にライブラリと呼びます。コンフォメーション固定化の考えから、環状の骨格を持つペプチドでライブラリを作れば、直鎖状のものと比べて優秀なライブラリになりそうだという発想は、先ほど言及しました。しかし、直鎖状のペプチドからなるライブラリであればメリフィールド固相合成で構築できるでしょうが、他方、環状化合物となるとそう一筋縄では安定して作れません。そうとは言っても、不可能を可能に変えるのが、人間のなせるわざです。
詳しい解説は論文か何かを読んでもらうとして、とくに注目したいペプチドの自発環化にだけ補足をつけておきます。
通常のタンパク質は20種類の標準アミノ酸だけからなります。しかし、遺伝暗号再プログラムを行い、人工アミノ酸を組み込むことは不可能ではありません。ペプチドを環化させる起点はこの分子、クロロアセチルアミノ酸です。
クロロアセチルアミノ酸のなかま
まずクロロアセチルアミノ酸をペプチドの端に取り込ませます。どうやって、取り込ませるかは「詳しい解説」をご確認ください。ここにシステインのチオールが求核攻撃するようになります。いわゆるSN2反応です。塩化物イオンが脱離、スルフィドが生成します。これにて安定な環が新たに形成され、環状ペプチドのできあがりです。できあがった環状ペプチドから望みのものをどう選び出すかについても、もうひと工夫あるのですが、これも別に「詳しい解説」をご確認ください。
論文[2]より説明の都合で一部改変して転載
DNAはたくさんの種類を簡単に合成できます。この性質を利用すると、たくさんの種類の環状ペプチドを作ることができます。この環状ペプチドライブラリから、今までユビキチンリガーゼ阻害剤[2]・Akt2キナーゼ選択的阻害剤[3]・サーチュイン脱アセチル化酵素SIRT2阻害剤[4]の単離に、相次いで成功が報告されています。
くすりの世界のすりぬけ達人MATE輸送体の倒し方
この環状ペプチドライブラリの威力が、いかんなく発揮された一例が、くすりの世界のすりぬけ達人、多剤排出輸送体(MATE輸送体)を標的とした阻害剤の発見です。
有害な化合物の運び出しは、細胞にとって自身が生き続けるために必須の過程です。とくに有名な運びだし装置は、MATE(multidrug and toxic compound extrusion)輸送体のファミリーに属するタンパク質です。MATE輸送体は、大腸菌からわたしたちヒトまですべての生物分類で共通して見られ、主として老廃物などの代謝産物を、細胞の中から外へ、細胞膜をへだてて運び出す機能があります。
からだの中で自然と生じる物質だけではなく、外から投与された多くの医薬分子もまたMATE輸送体によって運び出されます。このため病原菌やガン細胞の薬剤耐性にMATE輸送体が貢献してしまい、それゆえに医薬分子の効き目を弱めることもしばしばです。そこで、MATE輸送体を標的とした阻害剤の開発は医薬業界で長らく待たれていました。
そうは言っても「医薬分子がすりぬけないように阻害する医薬分子」というのは、自身がすりぬけては意味がないわけで、ちょっと考え直してみるとなかなかの難題です。天然生理活性物質から構造展開したり、通常のケミカルライブラリから選抜したりといった方法の場合、結局は典型的な構造ばかりになってしまい、MATE輸送体をすりぬけてしまわないかといったいくばくかの不安が残ります。実際に、MATE輸送体を直接の標的とする阻害剤は上市されておらず、成功しかけた探索研究もほとんどありません(very little success, [5])。
ここで登場するのが先の環状ペプチドからなる特注ライブラリです。どの物質を運ぶか認識する能力が低くそれらしいサイズのモノを手当たり次第に運び出しているMATE輸送体が少なくないわけですが、よく知られた典型的な輸送ターゲットと比べても、ライブラリの環状ペプチドはだいぶ大きめの分子であり、MATE輸送体にとっては運びずらいサイズです。その上、コンフォメーション固定化も期待できるし、うん、挑戦にはぴったり!
単離されたMATE輸送体阻害活性を持つ環状ペプチドMaD5の構造
そして、見事にMATE輸送体の機能をブロックする阻害剤が、環状ペプチドライブラリから単離されました[5]。この環状ペプチドがMATE輸送体と複合体になった結晶の構造解析も行われ、阻害に至る立体構造の基盤も明らかになりました。同時に、環状ペプチドをツールとして使うことで、MATE輸送体自体の理解が、以前[1]よりもぐっと深まりました。
MATE輸送体と環状ペプチドMaD5の複合体(立体構造情報はProtein Data Bankより)
自然にあるものをひとの手でこえていく
人工アミノ酸をタンパク質に取り込む方法はいくつか知られています。それぞれに長所があり、研究が展開されています。そういった系をもとに、どのような機能を持たせた人工アミノ酸を合成して、実際に適用するのか、まだまだアイディアは出されはじめたばかりです[6]。あっと驚くひらめきにより、まだまだブレークスルーが起きそうで、この分野の発展が今後も楽しみでしょう。
参考文献・ウェブページ
[1] 大腸菌MATE輸送体AcrAの立体構造
“Crystal structures of a multidrug transporter reveal a functionally rotating mechanism.” Satoshi Murakami et al. Nature 2006 DOI: 10.1038/nature05076
[2] 環状ペプチドライブラリからユビキチンリガーゼ阻害剤を単離
“Natural Product-Like Macrocyclic N-Methyl-Peptide Inhibitors against a Ubiquitin Ligase Uncovered from a Ribosome-Expressed De Novo Library.” Yusuke Yamagishi et al. Chem. Biol. 2011 DOI: 10.1016/j.chembiol.2011.09.013,
[3] 環状ペプチドライブラリからAKT2キナーゼ特異なリン酸化阻害剤を単離
“In vitro selection of anti-akt2 thioether-macrocyclic peptides leading to isoform-selective inhibitors.” Yuuki Hayashi et al. ACS Chem. Biol. 2012 DOI: 10.1021/cb200388k
[4] 環状ペプチドライブラリからサーチュイン脱アセチル化酵素SIRT2阻害剤を単離
“Discovery of macrocyclic peptides armed with a mechanism-based warhead: isoform-selective inhibition of human deacetylase SIRT2.” Angew. Chem. Int. Ed. 2012 DOI: 10.1002/anie.201108118
[5] 環状ペプチドライブリから単離したMATE輸送体阻害剤と標的の構造基盤
“Structural basis for the drug extrusion mechanism by a MATE multidrug transporter.” Yoshiki Tanaka et al. Nature 2013 DOI: 10.1038/nature12014
[6] つなぎめなくアミド結合で連続した環状ペプチドの合成
“Diverse backbone-cyclized peptides via codon reprogramming.” Takashi Kawakami et al. Nature Chemical Biology 2009 DOI: 10.1038/nchembio.259
[7] 菅研究室ウェブページ
http://www.chem.s.u-tokyo.ac.jp/users/bioorg/member/Suga.html
[8] 気ままに創薬化学ウェブページ「芳香環は3つまで! sp3炭素の割合を増やせ!」http://medchem4410.seesaa.net/article/139799399.html