いわくアルキンは銅イオンで両手に花!そこにアジドが登場
コンピュータマウスをカチッとクリックするかのように狙い通りの組み合わせで確実に起こる化学反応を活用するクリックケミストリー。この分野を代表する代名詞とも言える存在がヒュスゲン環化反応です。
このヒュスゲン環化反応に、従来とは別の反応機構を提案するに至る証拠が、新たに提示されました。ヒュスゲン環化への理解が深まり、反応法のさらなる改良につながると期待されます。
ここ10年ほどの間に、クリックケミストリーの考え方は、物理よりの材料化学から、生物よりの創薬化学まで、あらゆる分野で適用され、革新を遂げてきました。あるときは機能付加を目指して高分子材料の中に組み込まれ、あるときは医薬候補分子の標的タンパク質同定を目指したケミカル標識技術に用いられ、その具体例は枚挙にいとまがありません。
クリックケミストリーの理念を最もよく満たす、理想に最も近い反応がヒュスゲン環化でした。1価の銅イオン(Cu+)さえあれば、末端アルキン(-C≡CH)とアジド(-N3)の間で、1時間程度以内で速やかに、しかも水中だろうとおかまいなく、安定して反応が進みます。
例えばこんなふうに
反応機構はというと、銅原子ひとつが登場するタイプが提唱されていました[2]。末端アルキンの水素原子が脱プロトンし、続いて銅アセチリドが生成、そしてアジドが反応するという手はずになります。
論文[1]より転載
しかし、新たに判明したところによると、ひとつでは説明できない、銅原子はふたつ登場するというのです[1]。
論文[1]より転載
銅原子で両手に花の反応機構
新しい反応機構の提案へといたるそもそもの着眼点はというと、ヨウ化アルキンの反応にあったようです。旧来と同じような反応機構ならば、銅イオンを加えても大して反応は加速しないはず。ところが、実際には反応の速度はそれなりに、しかししっかりと上昇しました[3]。
ここで「銅原子がアルキンのパイ電子と相互作用しているのではないか?」と考えたようです[1]。この仮説の真偽に迫ろうと、切り口を与えたのは、N-ヘテロ環状カルベン(N-heterocyclic carbene; NHC)を活用したアプローチでした。このNHCは、さまざまな金属原子と極めて強く配位結合を形成することが知られています。
実際に、NHCが配位した銅アセチリドを準備。これをアジドとヒュスゲン環化させ、その反応を詳しく解析しました。銅63(63Cu)と銅65(65Cu)とで同位体を使い分け、実験の結果を統合したところによると、銅原子ひとつでは説明できない、銅原子はふたつ登場するだろう、という結論[1]になりました。
さて、試薬会社のクリックケミストリー紹介ウェブページにある反応機構の解説も、そのうち新しく書き変わるのでしょうか。ちょっぴりイジワルかもしれませんが、気になるところです。
参考文献
- “Direct Evidence of a Dinuclear Copper Intermediate in Cu(I)-Catalyzed Azide-Alkyne Cycloadditions.” Worrell BT, Malik JA, Fokin VV Science 2013 DOI: 10.1126/science.1229506
- “A Stepwise Huisgen Cycloaddition Process: Copper(I)-Catalyzed Regioselective Ligation of Azides and Terminal Alkynes.” Rostovtsev VV, Sharpless KB et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2002 DOI: 10.1002/1521-3773
- “Copper(I)-Catalyzed Cycloaddition of Organic Azides and 1-Iodoalkynes.” Hein JE, Fokin VV et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2009 DOI: 10.1002/anie.200903558