熊:ようようご隠居、昨日水とエーテルで分液振ったらよ、全然分離しなくてよ。あんまり分離しねえもんだからそのまま放っといて帰っちまったよ。
ご隠居:熊さん、そいつはいけないね。エーテルみたいな引火物を放っておくなんて。
熊:そこが頭の柔らかさってもんよ。次の日来てみたら有機相が表面にきれいに分離するんだな。しかもエーテルが全部飛んじまったからエバポもいらねえときた。パスツールで上の方をちょいと吸ったら、ほらきれいな生成物のできあがりって寸法よ。
ご隠居:ちゃんと抽出してエバポしないと収量がへっちまわないかい?
熊:へいへい。ご隠居は相変わらず細かいねぇ。そんなんだからツラまでご隠居しちまうんだ。でも水と油たぁよく言ったもんだ。どんなにブンブン分液振ってもいつかは分かれちまうんだからよ。水と油ってのはさしずめおいらとハチ公みたいなもんだ。ご隠居の前では我慢してるが、どうもやつだけは受け付けねえ。
ご隠居:水ってやつは強く水素結合を作るから、イオン性のものや極性の強いものには水素原子やら酸素原子やらが寄ってきて良く溶かすけど、そうでない奴らは水素結合の邪魔になるってんで避けちまうんだね。界面活性剤入れると分離しないこともあるからね。マヨネーズなんかもそうやって出来てるな。さしずめ私が界面活性剤と言うところだね。
熊:こないだもハチ公がよ、「今時蒸留なんて古くさいことしてやがる。溶媒精製装置も買えねえ貧乏人じゃあるめえし」なんておいらの蒸留をバカにしやがった。蒸留、蒸留って簡単に言うが、おいらの蒸留は職人芸よ。グラブスだかコロンブスだかしらねえが、おいらの蒸留にかなうかってんだ。だからよ、ここで引いちゃ男がすたる、火事と喧嘩は江戸の華ってんで腕まくりあげて、拳あげちまったよ。
ご隠居:全く懲りないねえ。・・・その割りには怪我してないみたいだけど、そんなに熊は喧嘩が強かったかねえ。
熊:いやよ、ここぞ、ってところでかみさんが出てきやがって、「喧嘩する暇があったら2人でそこのナトリウム潰すんだね。終わるまで飯食わせないからね」だってよ。結局ハチとおいらでナトリウムとエキチとエタノールを交互に入れて「ああ、危ない、もう少しゆっくり頼むよ」なんてやってんだから世話ないね。
ご隠居:水と油も力ずくでやればくっつくってことか、はやりのメタンハイドレートじゃないか。
前回、氷というのは水素結合によりスカスカの構造を取ると言うことをお話ししました。
すき間だらけ、とは言っても水分子も小さいので、このすき間は1.5~2.8 Å程度しかありません。
但し同じ四面体を色々つないでいけば、もう少し大きなすき間を作ることが出来ます。
また水分子の水素結合は全て使われているので、水とは言ってもそこまで親水的なすき間ではないのが面白いところです。
そのため「広めのすき間を作り、そのすき間にガス分子を吸着する」ということが可能になります。取り込む分子の大きさに従って、氷の水素結合のネットワークも様々になります。
初めてガスハイドレートを見つけたのは19世紀の初め、あのデイビー卿のようですが、1930年代には研究がなされております。
メタン、エタン、等のガスが取り込まれたものもありますし、エチレンオキシド、四塩化炭素、ジメチルペンタンなんかを取り込んだ構造も報告されています。
このすき間にメタンを取り込んだもの、それがメタンハイドレートです。
メタンハイドレートは、このようなすき間だらけの水の結合体の中にメタンを取り込んだものです。
相図を見ると、そんなに過酷な条件は必要なく、ー20 ℃で15気圧程度、10 ℃でも50気圧程度あれば安定なようです。
つまり水が凍らない温度でも、メタンと圧力があればメタンハイドレートとして凍ってしまうのです。
むしろロシアでは、ガスのパイプラインを通るメタンと水がメタンハイドレートを作ってしまい、パイプを詰めてしまって問題になっているようです。
このように簡単に出来るために、海の底などの高圧力、そこそこ低温の条件ではメタンハイドレートが貯まってしまった、と考えられます。
しかもその埋蔵量は石油を遙かに上回ると言われており、メタンなどの炭素数の少ない天然ガスは、CO2排出量が少ないため、未来のエネルギー源として極めて興味深いのです。
構造の話
メタンと水、という小さくて単純な分子を押して固めただけで出来るメタンハイドレートですが、水素結合のすき間とメタンが合うようにやりくりするので、その構造はなかなかに複雑で、しかもなかなかにきれいです。
全体としては対称性の高い立方晶ですが、繰り返し構造は約12 Åになります。
ちなみにプロパンを取り込んだプロパンハイドレートでは、SIIと呼ばれるさらに複雑な構造となり、一辺が17 Åの単位胞の中に水が136個も入ります。
メタンハイドレートでも単位胞に水分子が46個入っています。
単位胞中に正12面体のカゴが体心立方格子のように詰まっており、
そのすき間を八つの14面体のカゴが取り囲んでいます。
12面体のカゴの中のすき間は4.4 Åと、メタンの4.3 Åにピッタリのサイズになっております。
有機物でもC20H20という正十二面体がありますが、合成するのには大変な苦労が必要です(ここも有機化学美術館を参照下さい)。
ところが、水とメタンを混ぜて押しつぶすと、この正12面体のカゴが出来てしまうのです。
天然の「メタンハイドレート」は、メタンだけでなく、多様なガスの混合物です。しかし、他のガスと混合して結晶化した場合もメタンは12面体カゴに取り込まれており、この組み合わせが極めて安定であることを示唆しています。
一方、14面体カゴは4.9 × 6.0 Åほどのすき間が有り、メタンが中心付近で少し動ける余裕があることがわかります。
常温・常圧でガスのメタンを、全く混ざらない水と混ぜて圧縮すると、
あら不思議!美しい構造を作って凍ってしまう。
そのため海底深くにこのような物質が、大量に埋まっている。
というお話しでした。
では埋まっているメタンハイドレートをどうやって取り出すか?
エネルギーの損得は?
採算は?