コンコン(教授室のドアがノックされる)
教授:やれやれ有機化学の講義の後はいつもこの調子だな
学生:本日の講義で分からないところがあったのですが、質問してもよろしいでしょうか?
教授:もちろんだとも
学生:アレンのπ電子系の説明のところですが、なぜ2つのCH2同士は直交しているのでしょうか?
教授:それは講義の際に説明したはずだが?
学生:板書はノートに書き写したのですが、この点線と太字の結合がどちらに向いているのかがイメージできなくて・・・
教授:なるほど。それではいいものを君にお見せするとしようか・・
これは恐らくどこの化学系の大学でも毎年のように繰り返される教授と学生の会話でしょう。
今回のポストは月一恒例 Nature Chemistry誌から、Bryn Mawr CollegeのMichelle Francl教授のthesisを紹介します。冒頭の部分はFrancl教授の書き出しを参考に筆者により脚色を加えていることをお断りいたしておきます。前回のはこちら
Tangible assets
Francl, M. Nature Chem. 5, 147-148 (2012). doi:10.1038/nchem.1585
化学とは原子と原子の結合を切ったり、くっつけたりする学問です。でも残念なことに現実ではその様子を見ることは出来ません。よって分子の形や、結合の様子などは想像図を描いているに過ぎません。それを三次元的に可視化したものが分子模型です。原理は単純で原子をボールに見たて、その原子の結合ができる方向に穴を空けておき、結合の代わりに棒を差し込んでいけば出来上がりです。
The building of physical models of molecular systems is an art that should not be confined to the introductory courses.
大学の初等有機化学では必ずと言っていいほどこの分子模型を使って有機化合物の立体構造を学びます。やはりノートや黒板に書いてあれこれ言うよりも、実際に模型を手にとってメタンの四面体構造を触ったり、鏡像異性体が重なり合わないことを体験する方が教育効果が高いと思います。
かのWatsonとCrickがDNAの二重螺旋の解明に取り組んでいた時、自作の核酸塩基の模型を組み立てていたのは有名なお話ですね。
© SCIENCE MUSEUM / SCIENCE & SOCIETY PICTURE LIBRARY 写真はWatson-Crickの模型 論文より引用
確かに近年のコンピュータの進化のおかげでタンパク質のような巨大分子の構造を計算によって明らかにすることが比較的短時間でできるようになってきました。世界中のPlayStationを使ったグリッドコンピューティングによってタンパク質の構造を解明したなんてこともありました。もしくは世界中のゲーマーによってタンパク質の構造を解明なんてのもありましたね。
数万円で購入できるパーソナルコンピュータの画面上で3Dの分子をグリグリ回したりもできますし、反応の遷移状態を推測するようなこともできるようになっています。
There are unrecognized perils in using computer models, particularly for novices.
そんな計算は化学において無くてはならない存在であることは疑いの余地はありません。でも、ちょっと待って。もしかしてあなたの分子模型は引き出しの中にしまったままではありませんか?
分子模型は立体的に分子を眺めるだけではありません。分子の反応性や選択性を予測したり、分子のどこに歪があるのか、安定な配座はどんなものかを、手でいじってある程度予測することができます。しかも私の経験上結構当てになります。
分子模型をいじっているなんてレベルが低いなんて言わないで、さあ分子模型を取り出してあなたの研究に使っている分子を早速組み立てましょう!
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