大御所「我々の触媒は反応を円滑に進行させぇ、添加剤の有無で選択性を逆転できる事がわかりました」
聴衆 「おぉ?、素晴らしい」
大御所「反応メカニズムですが、このような機構だと考えております。」
聴衆 「なるほど、なるほど」
大御所「さらにDFT計算で遷移状態構造が得られており、選択制が逆転する機構を明らかにしました。」
聴衆 「…なな、なるほどぉ??」
オレ 「意義あり!! 添加剤有りの時だけ遷移状態に無理がありすぎるのでは?」
大御所「いや、計算専門の人にやって貰って出た構造だから」
オレ 「添加剤有無のTSのエネルギー差は選択性に妥当?虚数解の振動方向は?IRC見せてよ?」
大御所「?? 人にやらせた事だから、よく解らないんだよねぇ」
オレ ((((;゚Д゚)))) 大爆発 ( ´Д`)=3 「ちゃうやろ!反応機構が間違っとる!!」
似たような場面に遭遇した方、居ないでしょうか?上記はフィクションですが、ある日の私の心象風景です。
紙と鉛筆で書ける反応機構なら、散々あーでもないこーでもない、お前のは間違っとると議論するのに、ここに「計算で出た遷移状態」というのが示されるとみんな静かに「なるほどぉ」と唱えて、「計算で出てるんなら合ってるんだろうね」と思考停止しちゃう。遷移状態無双かっ!葵の御紋かっ!!
ちょっと待て、それは危ない。なぜなら、発表者も「計算で出てるんなら合ってるんだろうね」と思考停止している可能性が高いから。
計算するのはコンピューターですが、その妥当性はケミストが議論すべき事なんです。有機化学反応であれば、有機化学者と量子化学者とが対等に議論して、出てきた構造の妥当性にツッコミを入れまくるべきなんです。でもなかなかに文化の壁は厚く…
Should medicinal chemists do molecular modelling?
のっけから愚痴気味の今回のポストですが、創薬の場面でも「モデリングでこういう結果だったから」という責任転嫁ワードがしばしば飛び出します。当然「モデリングの妥当性理解してんの?」とツッコミ入れてやります。
昨年のDrug Discovery Today 誌のPerspectiveに創薬化学者が分子モデリングをすべきか? “Should medicinal chemists do molecular modelling?” という論文が載りました。モデリング即ちCADD (Computer-Aided Drug Design) を化学者 (bench chemist) 自身がやるべきか、専門家 (モデラー/computer chemist) が全てやるべきかについて、 化学者側、モデラー側双方のメリット/デメリットについて分析し、どうすればwin-winな関係が築けるかを考察して、理想の組織体制を提案しています。
化学者自身がCADDをすると、専門家であるモデラーの反応は4つにわかれるようです。
1. 仕事の創造性を増すので歓迎
2. 歓迎しないが補助はする
3. 素人仕事はミスリーディングを生むから拒絶
4. 自分の仕事がなくなる脅威
そこで著者からの提案は「化学者を訓練レベルに応じて分類し、使えるCADDツールをレベルに応じて制限しよう」というものです(この場合、社内に定義済webインターフェースを構築しようと推奨しています)。そして、ケミストとモデラーが、お互いの職場を行き来したり、同じ居室で作業することでコミュニケーションをとるか、互いの分野を橋渡しできるような「訓練された」ケミストを置くようにしよう、と主張しています。
誰が橋渡しをするのか?
こと創薬の場では、ケミストとモデラーは互いに協力して化合物デザインをしていかざるを得ません。一方、冒頭にあったような反応機構の場ではどうでしょうか?反応の結果は既にあり、計算はそれを説明するだけ、となれば計算化学者は常に後追いで、イニシアチブは常にケミストが握っている気がします。
PCパワーの発展により、個人のノートPCでもX線結晶構造ぐるぐる眺めたり、量子化学計算走らせたりというのが簡単にできるようになっています。今後も まだまだパワーアップするのは間違いないので、映画「マイノリティーレポート」のように空中を撫でるだけサクサクと分子模型が浮かび上がる世界はもうすぐ そこでしょう。一方で、計算化学を活用して反応機構をすっきり論じている論文は増えていない気がします。足りないのは、、、人材でしょうか?それとも時間や心の余裕?
実験化学者自らが計算化学ツールを使いこなして、反応機構を解き明かす事ができるように訓練を積んでいきたいですね。
参考論文
Should medicinal chemists do molecular modelling?
Drug Discovery Today, Volume 17, Issues 11–12, June 2012, Pages 534-537
Timothy J. Ritchie, Iain M. McLay
関連書籍
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