自己修復材料はじめ、荷重に応答した反応制御は、近年、注目されている研究分野のひとつです。ジクロロシクロプロパンとベンゼン環の性質を巧妙に活用し、大きな圧力を受けると塩化水素HClを放出する高分子材料が新たに開発されました[1]。
アルケンとクロロホルムCHCl3を塩基性下で反応させるとジクロロシクロプロパンができることは、学部生向けの有機化学の教科書ではたいていカルベンの説明といっしょに登場する内容でしょう。このジクロロシクロプロパンの三員環、そこまで不安定な構造ではないのですが、インダンが隣り合っていると別で、芳香族化とともに開裂させることができるようです。インダンとは、ベンゼンの六員環とシクロプロパンの五員環が隣接した炭化水素のことです。
この力学刺激を感知する決め手となるモノマーの合成は、教科書どおりクロロホルムからのカルベン経由で行えます[1]。できあがったところでメタクリル酸メチルとともに共重合させると、目的の高分子材料が得られます[1]。
メタクリル酸メチルだけで重合させたものは水族館でガラスの代わりに使われている
こうしてできあがったポリマーに、350メガパスカルほどの圧力をかけると、炭素間結合が開裂し芳香族化が起こるとともに塩化水素HClが放出されます。350メガパスカルというのは、1ミリメートル四方の面積に、35キログラムくらいの子どもひとり分の重さがかかった圧力です。大気圧のおよそ3500倍に相当します。
発生した塩酸を、酸塩基指示薬のひとつであるメチルレッドの水溶液に導いてみると、このとおり。メチルレッドは、酸性にすると、オレンジからピンクに、色が変わります。
論文[1]より 左は比較対象・右が合成した高分子材料に圧力をかけたもの
温度や時間経過にともなう安定さなど実用にはまだ課題が残りますが、力学刺激に応答して固体材料内で酸を起点に反応を制御できたら、きっと有用なことでしょう。
参考文献
- “Proton-Coupled Mechanochemical Transduction: A Mechanogenerated Acid.” Diesendruck CE et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI:10.1021/ja305645x
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