[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

イボレノリドAの単離から全合成まで

[スポンサーリンク]

個人的には、今年2012年大河ドラマにあやかって、「天然物世界の平清盛」にふさわしい化合物ではないかと、ちょっとだけ思ったり思わなかったりするのですが、免疫抑制作用を持つ新規な生理活性物質の単離[1]と全合成[1]について紹介します。 それは、アフリカ原産のセンダン科木本Khaya ivorensisから単離されたイボレノリドA(ivorenolide)。機器分析の他、エックス線結晶構造解析と、全合成によって構造が確認されたところによると、炭素間三重結合がつらなったジアルキン構造を持つ18員環化合物です。立体構造を見てみると、ほら、おつむのジアルキン構造の部分がたいらでしょう? 臓器移植が可能になって以来、免疫抑制剤の開発は、急速に発展してきました。また、治療の難しい自己免疫疾患にも、免疫抑制作用のある医薬が活躍をはじめています。しかし、より効き目がシャープで、より副作用の少ない新たな免疫抑制剤は、今なおもとめられ続けています。そのため、従来とは別の画期的なリード化合物の探索は今後も挑戦的な課題のひとつです。 センダン科の植物と言えば、もともと中南米原産の高級木材であるマホガニー(Swietenia sp.)が有名です。アフリカ大陸にも近縁の樹木が生息し、こちらはアフリカマホガニー(Khaya sp.)と呼ばれています。このアフリカマボガニー属に分類される1種(Khaya ivorensis)の樹皮から、2012年になって新たに[1]免疫抑制作用を持った化合物が単離されました。

 

てっぺんがペコッとたいらな大環状化合物

この化合物、特徴はやはり、アセチレンのような炭素間三重結合がふたつ連続したジアルキン構造でしょう。環状部分のうち案の定ペコッと直線になっており、エックス線結晶構造解析で得られた立体構造を見てみると、ココだけ綺麗に真っ直ぐになっています。えっ!冒頭で「平清盛」にあやかった根拠それだけ? スペクトル情報のあてはめと、エックス線結晶構造解析に加えて、全合成[1]からも構造確認が達成されています。合成経路はというと、1価イオンを触媒としたCadiot-Chodkiewiczカップリング反応でジアルキン構造を含む直鎖カルボン酸の炭素骨格を完成。保護基をつけかえたところで、Yamaguchiマクロラクトン化反応で18員環をあっさり形成。最後にシャープレス不斉酸化でエポキシドをやろうとしたら上手くいかず、しょうがないとメタクロロ過安息香酸(m-chloroperoxybenzoic acid; mCPBA)を試したらすんなりいって、しかも合成標的のかたちがちょうどよかったのか立体選択に反応が進んだとのこと。単離したモノと合成したモノで、核磁気共鳴はじめ機器分析のスペクトル情報も一致しました。 GREEN201212ivolenolide3.png

Cadiot-Chodkiewiczカップリング反応 / Yamaguchiマクロラクトン化反応 / Prilezhaevエポキシ化反応

反応条件は論文で確認

不斉点がすべて反転した立体異性体も同じように合成[1]して、いざ生理活性試験[1]。リンパ球T細胞リンパ球B細胞の分化阻害能力を見ています。半数効果濃度によれば、本来のイボレノリドAより、立体異性体のほうが生理活性が強いとのこと。必ずしも天然物が人工物より優れているとは限らない、この分野ではままあることです。天然化合物には、生合成上の制約もありますしね。

今回の知見が、リード化合物の鋳型となる新規な構造を与えてくれるものとして、免疫抑制剤の開発に役立つといいですね。標的タンパク質を含め作用機構も気になります。

 

参考論文

[1] “Ivorenolide A, an Unprecedented Immunosuppressive Macrolide from Khaya ivorensis: Structural Elucidation and Bioinspired Total Synthesis.” Bo Zhang et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI: 10.1021/ja310482z

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4887305974″ locale=”JP” title=”植物の知恵―化学と生物学からのアプローチ”][amazonjs asin=”4061562525″ locale=”JP” title=”亀田講義ナマ中継 有機化学 (わかりすぎてヤバい!)”]

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 天然にある中間体から多様な医薬候補を創り出す
  2. 化学に関係ある国旗を集めてみた
  3. 博士課程学生の奨学金情報
  4. 1-ヒドロキシタキシニンの不斉全合成
  5. ケムステスタッフ Zoom 懇親会を開催しました【後編】
  6. 人工細胞膜上で機能するDNAナノデバイスの新たな精製方法を確立
  7. リンダウ会議に行ってきた③
  8. 水が決め手!構造が変わる超分子ケージ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 特許にまつわる初歩的なあれこれ その2
  2. 1次面接を突破するかどうかは最初の10分で決まる
  3. 多置換ケトンエノラートを立体選択的につくる
  4. アスピリン あすぴりん aspirin 
  5. イトムカ鉱山
  6. アジサイの青色色素錯体をガク片の中に直接検出!
  7. 有機合成化学協会誌2023年6月号:環状ペプチド天然物・フロキサン分子・分子内パラジウム触媒移動機構・C(sp3)–H結合官能基化型環化反応・一置換アセチレン類
  8. リベロマイシンA /Reveromycin A
  9. ヘリウムガスのはなし
  10. 【10月開催】マイクロ波化学ウェブセミナー

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年12月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー