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一般的な話題

その反応を冠する者の名は

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とあるSF映画のワンシーンから。

「おやもうコーヒーが空か。お湯を沸かさないといけないな。」なべを火にかけソファーに戻ると飲みかけのコーヒーカップが微かに揺れているように感じた。気のせいかと思いふと窓の方に目をやるとそこにはティラノサウルスが!

ドアに駆け寄り階段を滑り降りるとそこは既にヴェロキラプトルが群らがっているではないか!出口への活路を開くためキッチンで何か役に立ちそうなものを取りに行くとそこも奴らの巣窟だった。古い引き出しを開けると最後の望みとなりそうなボールが一つ。

これをあの沸騰したお湯の中に投げ込めば中の気体が膨張して爆発し、奴らを撃退できるに違いない。「そう気体の法則を利用するのさ。Boyleの、いやGay-Lussacの法則、あれ何だっけ?試験前にはちゃんと覚えてたのにー」  ヴェロキラプトルに取り囲まれる男、絶体絶命と諦めたその刹那、ファンファーレが鳴り響き奴らが一斉にはやし立てる。「残念!Charlesの法則でしたー!」

 

はい。また意味不明の書き出しで申し訳ございません。今回のポストは月一恒例  Nature Chemistry誌から、Bryn Mawr CollegeMichelle Francl教授のthesisを紹介します。冒頭の部分はFrancl教授の書き出しを参考に筆者により脚色を加えていることをお断りいたしておきます。前回のはこちら

 

Naming names

Francl, M. Nature Chem. 4, 956-957 (2012). doi:10.1038/nchem.1508

 

化学、特に有機化学は暗記科目なんてよく言われます。膨大な数の人名反応があり、誰でも知っているWittig反応だって門外漢からしたらどんな反応かは想像もできません。でももしかしたらBINAPーRuを用いた不斉水素化とか、酒石酸エステルを配位子として用いた不斉エポキシ化反応とか、少しでも反応の中身が書いてあればその反応を推測できる人はいるかもしれません。

 

有機化学に関連する論文を読めば、それは化学版Who’s Who?(紳士録)の様相を呈しています。いつから化学は人名反応であふれるようになったのでしょうか。いつからかは定かではありませんが、1952年のThe Merck Indexではすでに人名反応の項があるようです。

 

[amazonjs asin=”1849736707″ locale=”JP” title=”The Merck Index: An Encyclopedia of Chemicals, Drugs, and Biologicals”]

1903年に出版されたWilliam Noyle著有機化学の教科書ではたった四つの人名反応、すなわちSchotten-Baumann, Sandmeyer, Reimer-Tiemann, Friedel-Craftsを紹介しているにすぎませんが、現代のOrganic Syntheses Based on Name Reactionsでは500を超える反応が紹介されています。

[amazonjs asin=”008043259X” locale=”JP” title=”Organic Syntheses Based on Name Reactions, Volume 22, Second Edition (Tetrahedron Organic Chemistry)”]

なぜ化学者はある新しい現象や反応が報告された時、著者の名を冠して呼ぶ(eponyms: 直訳では名祖ですが、しっくりくる訳が思い当たらなかったため本文では人名反応などと濁してあります)のでしょうか。

発見者に対する敬意というのが大きな理由だと考えられます。しかし、これはその発見の背景や複雑な歴史などの重要な事項を伝えていかない危険性をはらんでいます。例えばブンゼンバーナーに冠されているRobert Bunsenは既にスペクトル分析に関する先駆的研究や、セシウムの発見者であることは忘れられているのではないでしょうか。Fischer-TropschのFischerはFischerの投影式のFischerではないし、FischerカルベンのFischerでもありません(それぞれFranz Fischer, Hermann Emil Fischer, Ernst Otto Fischer)。

 

このように人名で称することは化学者にとってはいいことが多くても、捨て去ってはならないことが底流としてあるのではないかと主張しています。また人名で称することが浸透しすぎると分野外の人々に対して障壁となり、ひいては化学の世界は益々一般人には馴染みの薄いものになり、化学ってのは”oldguywithabeardandelbowpatches”(筆者注: 原文のままです。あごひげ生やして肘あてがある服を着たおっさんって意味か?ホームレスみたいな身なりな人という意味か?英語力不足ですみません)な人たちによって行われているんだというイメージになってしまうことでしょう。

 

しかし、だからと言ってFrancl教授はこのような人名の氾濫をやめるべきだと主張しているわけではありません。憂うべきことはあれど、メリットも多いことを認めています。ただ物事の表面下に流れている歴史や化学に敬意を表するのです。

筆者も歴史が嫌いじゃないので学生にはついついトピックスに関する昔話をいれたくなります。そうすると講義の時間が足りなくなってしまうんですよね。教えなければならないこと、学生が覚えなければならないことが飛躍的に増えてしまった現代の必要悪なのでしょう。

考えてみれば筆者もいつしか論文を書く際は積極的に人名による参照を使っていました。これからは少なくともSuzuki-Miyaura cross couplingとでもしましょうか。

 

もしあなたがブンゼンバーナーの説明をする機会があったら、Bunsenが17 gのセシウムを得るために40,000 kgもの水を蒸留したのだということを少し話してみてはいかがでしょうか。

 

関連書籍

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有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

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