[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

二丁拳銃をたずさえ帰ってきた魔弾の射手

[スポンサーリンク]

ベータラクタム系抗生物質耐性菌にNOをたたきつける!

GREEN2012lactam7.png
魔法の弾丸(magic builet)と言えば、ひそかにペニシリンの別名としても知られています。ペニシリンは、細菌細胞壁をかたちづくるペプチドグリカンと呼ばれる高分子の、生合成酵素を標的とした天然化合物です。特徴的なラクタム四員環を持つ類縁体がひとの手で合成され、抗生物質として汎用されてきました。
最近になって、ダブルドラッグの手法を用いることで、従来の耐性菌にも効くように設計し直され、再び注目を集めています。さながら、映画館のスクリーンで二丁拳銃の殺陣シーンを見ているかのような、病原菌を抹殺するクールな手際を紹介します。

二丁拳銃と言えば、とりわけカート・ウィマー監督『リベリオン』。作中で登場する近接戦闘術「ガン=カタ」のシーンは必見です。この戦闘武術の使い手は、大人数で取り囲まれても物怖じしません。敵役はばったばったと倒されていきます。

これに対して、抗生物質のペニシリンはどうかというと、敵となる病原菌すべてを倒しきることができません。どうしても生き残りが出てしまいます。ペニシリンはじめラクタム四員環を分解してしまう酵素を持つやっかいな細菌がいるのです。ラクタム四員環を開裂されてしまうと、もう生理活性は望めません。臨床上は、分解酵素の阻害剤を同時投与して対応するのですが、副作用のことなど考えるとかなりまわりくどい方法です。

ここで考えましょう。分解酵素があるところに、敵となる細菌もあり。耐性を逆手にとって薬物送達に利用できないだろうか。このような発想で、一酸化窒素の前駆体と結合させたラクタム系抗生物質が新たに合成されました[1]。GREEN2012Lactam9.pngからくりはこうです。ラクタム四員環を開裂しようとすると、活性酸素の1種である一酸化窒素(NO)が2分子発生して、細菌を傷みつけます。もともと不安定な化学種であり薄まってしまえば、ヒトでも細菌でも一酸化窒素はほとんど効きません。ラクタム四員環の分解酵素がただよう細菌の繁殖現場でしか、作用しないのです。分解されずそのままでもペプチドグリカン合成酵素を阻害するし、分解されてしまっても一酸化窒素を出す。二丁拳銃をほうふつとさせる臨機応変な戦闘スタイルでしょう。
細菌細胞壁をかたちづくるペプチドグリカンの生合成酵素を標的としたペニシリンは、分子標的と活性制御を目指した化学の一大分野において、ひとつの大きな金字塔です。スマートに設計し直されて、活躍の見込みは、どうやらまだまだ広がっていくことでしょう。

  •  参考文献
[1] “Cephalosporin-3′-diazeniumdiolates: Targeted NO-Donor Prodrugs for Dispersing Bacterial Biofilms.” Nicolas Barraud et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2012 DOI: 10.1002/anie.201202414

  • 関連書籍

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. アルデヒドからアルキンをつくる新手法
  2. 米国へ講演旅行へ行ってきました:Part III
  3. 化学に関係ある国旗を集めてみた
  4. クロム光レドックス触媒を有機合成へ応用する
  5. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑦(解答編…
  6. ストックホルム国際青年科学セミナー・2018年の参加学生を募集開…
  7. 2つの触媒反応を”孤立空間”で連続的に行う
  8. マイクロ波プロセスを知る・話す・考える ー新たな展望と可能性を…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 水蒸気侵入によるデバイス劣化を防ぐ封止フィルム
  2. 「アニオン–π触媒の開発」–ジュネーブ大学・Matile研より
  3. スズ化合物除去のニュースタンダード:炭酸カリウム/シリカゲル
  4. 科学予算はイギリスでも「仕分け対象」
  5. クネーフェナーゲル縮合 Knoevenagel Condensation
  6. 第176回―「物質表面における有機金属化学」Christophe Copéret教授
  7. 書物から学ぶ有機化学 1
  8. カルボン酸をホウ素に変換する新手法
  9. ヘルベルト・ワルトマン Herbert Waldmann
  10. (-)-Cyanthiwigin Fの全合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年12月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

中村 真紀 Maki NAKAMURA

中村真紀(Maki NAKAMURA 産業技術総合研究所)は、日本の化学者である。産業技術総合研究所…

フッ素が実現する高効率なレアメタルフリー水電解酸素生成触媒

第638回のスポットライトリサーチは、東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 (前田研究室)…

【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

◆求める人財像:『使命感にあふれ、自ら考え挑戦する人財』私たちが社員に求めるのは、「独創力」…

マイクロ波に少しでもご興味のある方へ まるっとマイクロ波セミナー 〜マイクロ波技術の基本からできることまで〜

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーとして注目されている、電子レンジでおなじみの”マイクロ…

世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」

「独創力」を体現する四国化成の研究開発四国化成の開発部隊は、長年蓄積してきた有機…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

アザボリンはニ度異性化するっ!

1,2-アザボリンの光異性化により、ホウ素・窒素原子を含むベンズバレンの合成が達成された。本異性化は…

マティアス・クリストマン Mathias Christmann

マティアス・クリストマン(Mathias Christmann, 1972年10…

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャーRNA・COVID-19経口治療薬・発光機能分子・感圧化学センサー・キュバンScaffold Editing

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年1月号がオンライン公開されています。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー