本日12月10日(正確にいうと日本時間では11日午前0時半)はノーベル賞の授賞式典だそうで、受賞者がスウェーデンの首都ストックホルムに集まった様子は、テレビニュースなどでも報道されています。今年のノーベル化学賞は「Gタンパク質共役型受容体の研究」が評価され、ロバート・レフコウィッツ氏とブライアン・コビルカ氏に与えられました。
ところで、このGタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptor; GPCR)。そもそも、どうやってモノをとってきたのでしょうか。実は、ケミカルバイオロジーの花形のひとつ、アフィニティクロマトグラフィーでとってきたものなのです。
アフィニティクロマトグラフィー(親和クロマトグラフィー)とは、リガンド生理活性物質と直接に相互作用するタンパク質を、物理的な結合能力にもとづいて分離するための方法です。アフィニティーカラムを釣り竿にたとえれば、リガンド生理活性物質が釣り針つきの餌に該当します。構造活性相関にもとづいて、結合能力を失わないようにリガンド生理活性物質を結びつけたカラムビーズを合成。これを用いて標的を釣りあげるのです。
レフコウィッツ氏はGタンパク質共役型受容体が細胞膜に存在することを1970年に示し、コビルカ氏がポスドクをしていた1986年にアミノ酸配列の決定に成功。Gタンパク質共役型受容体はリガンド生理活性物質を複数のタンパク質領域で囲い込むためやわらかく、膜タンパク質の中でも困難が予想されていたものの、コビルカ氏はひとひねりの工夫でみごと結晶化に成功し、2007年に立体構造を解き明かしました。ノーベル賞を受けることとなるこのような経緯の中で、とりわけ研究の中心にあった標的は、Gタンパク質共役型受容体のひとつアドレナリン受容体です。
14年の歳月をかけて
そもそもレフコウィッツ氏の研究チームが、アドレナリン受容体の単離に挑戦の手をあげたのは、試作品アフィニティクロマトグラフィーを報告した米国アカデミー紀要1972年[1]のこと。全アミノ酸配列の決定を達成した時期はというとネイチャー1986年[5]。実に14年間、ひとつのモノを追いかけてきたことになります。
はじめて米国アカデミー紀要1972年[1]に報告したアフィニティカラムは、アドレナリンそのものをビーズ状アガロースにつなげただけのシンプルなものでした。かすかにタンパク質らしいものがアフィニティカラムにかかっていたようですが、配列を解読するために必要な量にはほど遠いものでした。
ここから10年余。アフィニティクロマトグラフィーでアドレナリン受容体をとろうと、たびかさなる改良が加えられます。生化学誌1976年[2]では既知のアドレナリンアゴニスト(作動薬)およびアンタゴニスト(拮抗薬)いくつかについて受容体結合部位との関係を精査、それをふまえて生化学誌1979年[3]では改良版のアフィニティカラムを開発しました。釣り餌にはアドレナリンそのものではなく、アルプレノロールという類似の化合物を使っています。レフコウィッツ研究チームにとって結局、アフィニティカラム材料は、これが決定版になりました。
そして、生化学誌1981年[4]では分子量60000のタンパク質の存在を確認。そして、ネイチャー1986年[5]でアミノ酸断片配列を解読。そのままcDNAクローニングからの全長アミノ酸配列の決定を達成しました。
巨人の肩の上に立つ
そもそも膜タンパク質をアフィニティクロマトグラフィーで取ろうということが、今では考えようもないことで、14年にわたる条件検討のすさまじさがおのずと感じられます。細胞膜画分を溶液に分散させるとき、タンパク質がよく変性しなかったものです。
また、モノがとれたと思ったらまったくの期待外れであったりなど、アフィニティクロマトグラフィーは擬陽性になることがままあります。しかし、電気泳動してバンドが得られてから実際にアミノ酸配列が分かるまでの期間に、アフィニティカラムにかかったタンパク質が、目的のアドレナリン受容体であることを、レフコウィッツ氏の研究チームは複数の方法で確認しています。このあたり、実験系の整備力を含め、さすがと思わされてしまいます。
こうやって、30年近く前の論文を読んでみると、それはそれでいろいろと考えさせられるものですね。生化学会誌(Journal of Biological Chemistry, J. Biol, Chem., JBC)と米国アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, Proc. Natl. Acad. Soc. USA, PNAS)では、古い論文はオープンアクセスなので確認にはちょうどよいでしょう。
巨人の肩の上に立って、科学はどちらへ発展していくのか、昔の論文を読みながら、時代の流れを感じてしまいます。今もまだ、リガンド生理活性分子の標的タンパク質の同定は簡単ではありませんが、技術の進歩に今後も注目です。
Acknowledgement
I thank a Chem-Station staff “らくとん” for critical reading of this manuscript.
参考論文
- Lefkowitz RJ, Haber E, O’hara D (1972) “Identification of the Cardiac Beta-Adrenergic Receptor Protein: Solubilization and Purification by Affinity Chromatography.” Proc. Nat. Acad. Sci. USA
- Caron MG, Lefkowitz RJ (1976) “Solubilization and Characterization of the beta-Adrenergic Receptor Binding Sites of Frog Erythrocytes.” J. Biol. Chem.
- Caron MG, Srinivasan Y, Pitha J, Kociolek K, Lefkowitz RJ (1979) “Affinity Chromatography of the beta-Adrenergic Receptor.” J. Biol. Chem.
- Shorr RG, Lefkowitz RJ, Caron MG (1981) “Purification of the beta-adrenergic receptor. Identification of the hormone binding subunit.” J. Biol. Chem.
- Dixon RAF, Kobilka BK, Benovic JL, Dohlman HG, Frielle T, Bolanowski MA, Bennett CD, Rands E, Diehl RE, Mumford RA, Slater EE, Sigal IS, Caron MG, Lefkowitz RJ, Strader CD (1986) “Cloning of the gene and cDNA for mammalian beta-adrenergic receptor and homology with rhodopsin.” Nature
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