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有機化学者の必須ツール「クロスカップリング用 Pd触媒」について、いくつか小ネタが溜まってきたので、ここらでまとめて晒しておきます。
*筆者は単なる反応ユーザーであって、クロスカップリング反応や触媒のプロではありません。また、人から聞いた話を並べるだけで、自分で裏付け確認して無いことばかり書きます。間違ってても許してね。
やっぱ基本はテトラキス?
昔からよく使われている触媒 Pd(PPh3)4、通称「テトラキス」。最近の動向では「e-richなリガンドをもつ触媒が高活性だ」という事になってますが、経験的には色々検討し たけどテトラキスでのみ目的物得られた、なんて事もあるので、検討項目には入れといた方が良いでしょう。
こいつの弱点は、温度/酸素への 安定性に乏しく、試薬瓶の蓋の開け閉めに伴って瓶中に混入する酸素によって徐々に分解し、明るい黄色⇒オレンジ⇒茶色⇒灰色と変色して活性を失います(オ レンジ超えたら使いたくないですねぇ)。噂では、UVランプの長波長当てて、キラキラ光れば活性ありだとか… 私は試薬購入したらば全量をナスフラスコに移し窒素置換し冷凍庫に放り込んじゃいます。
やったことなくて恐縮ですが、合成は簡単みたいです(こちらのブログに写真あり)
1. 塩化パラジウム(Ⅱ)とトリフェニルホスフィンをDMSO溶媒中でかき混ぜる
2. ヒドラジンを入れる
3. 固体をろ過 ⇒ DMSOを洗い減圧乾燥
さらにこちらのブログには ” I will never really understand why people bother to buy “ とまで書かれてます!(そんな事言っても、つくった事ないから買っちゃうんだよねぇ…)
Pd2(dba)3:安定なパラジウムソース ??
Pd とリガンドを別々に入れる際に使うPdソースは、Pd2(dba)3とPd(OAc)2とが代表選手でしょうかね?
通称「ディービーエー」。こいつには色々亜流があって混乱しますね:Pd2(dba)3, Pd(dba)2, Pd2(dba)3,-CHCl3, Pd2(dba)3,-n(dba), etc… ところが、この亜流には意味は無いようです!?
Pd触媒製造の世界的メーカーの方に話を聞いたのですが「Pd2(dba)3と Pd(dba)2はどちらも嘘で、Pd に対してもっと過剰にdbaが無いと錯形成せずにPd black で沈殿してしまう。どれもPd2(dba)3-n(dba)が正しい」です。 更には「試薬の中のPdがどれだけ錯形成していて、どれだけ Pd blackが混じってるか解らない。製法によるからサプライヤーによって違うハズ」だそーで、マジすか!?今まで信じてたのに…
Pd2(dba)3,-CHCl3(クロロホルム錯体)だけが、きちんと量論比に従った均一の錯形成をするそうです。そういえば、大昔に先輩から「室温でクロロホルムが飛んじゃうから冷蔵保存する」と言われたんですが、、、ホント???
Buchwald リガンド & follwers
Buchwaldらは Xphos等のdialkylbiaryl phosphineがPdクロスカップリングの良いリガンドになる事を見いだしており、これらは通称 Buchwald リガンド と呼ばれます。
有名どころは、JohnPhos, SPhos, XPhos, DavePhos, RuPhos, BrettPhosといった所でしょうか?(AldrichのHPにまとめられています)。やっぱ気になるのがその名前ですよね。
MIT に留学していた方に聞いたところ「あれはリガンドを合成した学生の名前。僕はJohnもBurettも知ってる」とのことです。リガンドに自分の名前が付いて世界中で使われるとなれば、研究者冥利につきますね!そうやってラボメンバーのモチベーションを上げるのが Buchwald のマネジメント手法のようです。
Buchwaldグループ以外から、特に企業からのBuchwald型リガンド(似て非なるリガンド)の研究報告も目に付きます。Buchwaldリガン ドはMITの特許があるため、研究目的外の「生産」段階ではライセンス料を支払う必要が出てくるので、特許クレーム外のリガンドを研究する必要があるそう です。そうしてfollowersが生まれる訳です。(同様の事例は、不斉水素化での野依触媒、オレフィンメタセシスでのGrubbs触媒の特許抜け followersでもよく見られます。)
Fuリガンドの最近
おそらく最強の電子供与性をもつ trialkyl phosphine、 通称「Fuリガンド」ですが、PtBu3は酸素に不安定で速やかに酸化されてしまうため、窒素下での秤量・溶存酸素の厳密なケアが必要となり、なかなか使い難いリガンドでした。というか、私の雑な実験では、うまく反応がいった試しがありません。
最も不安定なのは trialkyl phosphine 単体状態であり、錯体となれば安定性が増します。そこで最近ではtrialkyl phosphine そのものを秤量するのではなく、
- Tri-tert-butylphosphonium Tetrafluoroborate を中和して系中発生させる
- Bis(tri-tert-butylphosphine)palladium(0) 錯体を始めから用いる
の2つの方法が汎用され、安定した反応仕込みが達成されています。
PdCl2(dppf) & followers
PdCl2(dppf)は安定・優秀なクロスカップリング触媒で、私は鈴木・宮浦カップリングを行う時の第一選択にしています。論文にも頻出しますね。
ですが、反応性の乏しい基質では、より電子供与性の高いリガンドが欲しくなるところ。そこで最近流行りつつあるのが ” dtbpf ” と “ Amphos” です。Amphosは、Amgen社のケミストにより生み出されたリガンドですが、彼らは特許出願をしなかったので、その優れた活性と併せて権利的にも使い易い触媒となっています。
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どちらも電子供与性の高い tBu基を有し高活性でありつつも、高い安定性も併せ持ち、空気中での秤量・室温保存を可能としています。思った以上に使い易いので、これからカップリング触媒の第一選択にしよっかな?
NHCリガンド
Grubbs Ru触媒で大輪の花を咲かせた NHC リガンドが、 クロスカップリングPd触媒においても展開をみせはじめております。PEPPSI やumicore社触媒など種々市販されています。
特徴としては反応活性が高いという点はもちろんですが、最大の特徴は「触媒の堅牢性が高い事」にあるようです。他の触媒と異なり、NHCリガンド錯体は反応終了後も錯体状態を保つそうで、
- 分液すると錯体のまま有機相にいく (Pd blackは出てこない)
- 有機溶媒によく溶けるので、再結晶で除ける
- シリカ/アルミナ等の濾過で原点に保持される (テーリングして目的物に混入しない)
等の特徴を有しており、結果として目的物との分離に優れるそうです。医薬品を始めとする生物活性物質の合成には、最終生成物へのPd混入量は低レベルに規定する必要があるので、分離良好なNHC錯体は今後ますます流行るような気がします。
以上、最近仕入れたPdネタ集でした。その他に面白いネタがあれば教えてください!
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- TCIメール:鈴木−宮浦カップリング(SMC)反応の問題点