糖鎖はたくさんの水酸基を含むため、その化学合成には保護基が欠かせません。保護基の利用は精密有機合成には不可欠ですが、保護、脱保護のために全体のステップが多くかかってしまいます。発想を逆転し、保護基を大きく減らした糖鎖の化学合成を紹介します。
糖鎖はタンパク質、核酸と並ぶ重要な生体高分子ですが、その化学合成には非常に手間と時間がかかってしまいます。
通常、糖鎖の合成は①望みの立体を持ち、適切に保護された単糖のビルディングブロックを合成し、それらを②グリコシル化反応によって連結していきます。最後に③すべての保護基を除くことで合成は完了します。
①の「適切に保護」というのがなかなかに厄介です。性質の似た複数の水酸基を識別し、②のグリコシル化反応に関わる水酸基だけをフリーにしておかなければいけません。これに多段階の保護、脱保護が必要となり、望みのビルディングブロックを得るだけでもかなり多くのステップが必要になってしまいます。
糖鎖の合成は多くの場合、保護基のオンパレードで、合成のほとんどのステップが保護基の掛けかえが占める、ということも少なくありません。
水酸基が邪魔なら無くせばいいじゃん!
Ravula Satheesh Babu, Qian Chen, Sang-Woo Kang, Maoquan Zhou, George A. O’Doherty
J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 11952-11955.
DOI: 10.1021/ja305321e
筆者らは、保護基の使用を抑えた糖鎖の化学合成を報告しました。水酸基を持たないビルディングブロックを用いて、まずグリコシル化反応を行い糖鎖の骨格を形成し、その後に水酸基を一挙に導入しています。従来のように「保護した糖を連結し、脱保護する」のではなく、いわば「連結してから糖にする」という戦略で水酸基の取扱いを最小限に抑えています。
ビルディングブロックをPd触媒を用いたジアステレオ選択的グリコシル化反応によって連結しています。このとき、ドナー側の4位はカルボニル基になっており、グリコシル化の後に還元されることで、次のグリコシル化反応のアクセプターとなります。得られたトリマーの3つのC=C二重結合をOs触媒によって一挙に酸化し、6つの水酸基を立体選択的に導入しています。用いた保護基はなんとベンジル基一つだけ。
また、ビルディングブロックはAchmatowicz反応によってアシルフランから4段階で合成しています。不斉点は野依触媒によって導入しているため、逆の立体の触媒を用いることでL体とD体の両方を合成することができます。筆者らは実際にD-ラムノースとL-ラムノースからなる三糖DDL、DLD、DLLの三種を合成しています。さらにマンノースを含む枝分かれのある三糖の合成にも成功しています。
ちなみにL-ラムノースの環状オリゴマーはシクロアワオドリンとして知られています。報告されているシクロアワオドリンの合成では、ビルディングブロックは無保護のラムノースから10段階で合成されています。
保護基を減らした今回の報告は、短工程であるだけでなく、アトムエコノミーの面でも非常に効率が高いといえます。しかし現段階ではラムノースとマンノースに限られており、より多様な単糖をふくむ複雑な糖鎖の合成には適用できません。適用範囲が広がれば糖鎖のライブラリー合成にも応用できそうです。今後の展開が非常に楽しみです。
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