[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ヒバリマイシノンの全合成

[スポンサーリンク]

 

抗腫瘍活性が期待されるヒバリマイシノンと呼ばれる天然化合物の全合成が達成[1],[2]されました。軸不斉のある分子をどう作り上げていくのか、その合成戦略をチェックしてみたいと思います。

ヒバリマイシノンは、ある種の細菌(Microbispora属に分類される)が産生する生理活性物質です。命名は、富山県 射水市いみずし戸破ひばり)で採取された菌株から単離されたことに、由来しています。だいたい市役所のあたりが、「戸破」と呼ばれる地域で、富山県立大学からは目と鼻の先です。

GREEN2012hibari01

Google Map より 航空写真

ヒバリマイシノンには、キナーゼと呼ばれるある種のタンパク質リン酸化酵素(protein kinase)を阻害する性質があります。Src(Sarcoma)ファミリーに属するチロシンキナーゼが、ヒバリマイシノンの標的タンパク質であると考えられており、細胞内のシグナル伝達に影響を与えることで優れた抗腫瘍活性が期待されていました。

GREEN2012hibari03

PDB(Protein Data Bank)よりv-Srcタンパク質の立体構造

同位体標識および菌株変異体の実験から、ヒバリマイシノンおよびその派生物は次のような生合成経路をたどると考えられています。

GREEN2012hibari02

生合成経路では、対称なHMP-Y1から、両翼の一方だけが酸化されて生理活性を持ったヒバリノマイシノンとなり、追加の環形成を経て生理活性をほとんど失わないままHMP-P1になります。HMP-Y1およびヒバリマイシノンには軸不斉のある点が構造上の特徴です。これは中央にあるベンゼン環どうしの結合が、立体障害のため回転できないように固定されているためです。

一般に、First Synthesisの場合、なるべく早くなるべく確実にしかし予想外のことがあってもあきらめず、といったことが反応経路にもとめられます。世界初の全合成は2011年[1]に達成され、機器分析データと照合することで構造決定の正しさが確認されました。

 

続いてさらにもうひとつ

続いて2012年[2]、別の合成経路でも全合成が達成されました。こちらの報告[2]では、ヒバリマイシノンだけでなく、派生化合物のHMP-Y1やHMP-P1をも合成しています。

GREEN2012hibari04

まず、概要を確認しましょう。生合成経路と同じように、HMP-Y1からヒバリマイシノンへの変換はどうかというと、非対称化は上手くいったものの、その後が副反応や副産物のため困難だったので、いろいろ試したものの不毛だと判断し、断念したとのこと。ヒバリマイシノンからHMP-P1への変換は、弱アルカリ性pH7.5の水酸化ナトリウム・リン酸ナトリウム緩衝液で処理するだけで、近接するメチル基がとれてそのまま環形成するようで、生体内でも酵素反応によらず自発的に起きている可能性が示唆されます。軸不斉化合物どうしの変換は、加熱すると、HMP-Y1では90℃、ヒバリマイシノンでは60℃で起こるとのことで、単純な実験のわりに有意義で興味深いデータです。

また、全合成達成のハイライトとして、新規性が主張されているBenzyl Fluoride Michael – Claisen Reaction Sequenceに焦点を当ててみます。

GREEN2012hibari05

 

この操作では、収率55パーセントで、目的産物に環6つを一挙に追加することができました。成功のポイントは次のように考察されています。

・電気陰性なフッ素原子がビアリールジアニオンを安定させた。

・フッ素原子は原子半径が小さく一段階目のMichael付加反応の立体障害になりにくかった。

・炭素フッ素間共有結合(C-F)の強度のおかげで想定されうる別の副反応がほとんど起きなかった。

・炭素フッ素間共有結合(C-F)の強度にも関わらずトリフルオロエタノール存在下で脱離反応しさらに芳香環を構築できた。

 

2012年の報告[2]では全合成の達成というよりも、その周辺開拓で高い評価を受けたようです。こうして複数の経路で、ヒバリマイシンのアグリコンであるヒバリマイシノンは、全合成が達成されました。配糖体であるヒバリマイシン自体の全合成は、事が順当に運んで時節が来れば、いつかきっと報告されるだろう、とのことです。

 

参考文献

[1] “The ?rst total synthesis of hibarimicinone, a potent v-Src tyrosine kinase inhibitor.” Kuniaki Tatsuta et al. Tetrahedron Lett. 2011 DOI: 10.1016/j.tetlet.2011.11.062

[2] “Total Syntheses of HMP-Y1, Hibarimicinone, and HMP-P1” Brian B. Liau et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI: 10.1021/ja307207q

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4274211037″ locale=”JP” title=”有機化学 (ベーシックマスター)”][amazonjs asin=”3527292314″ locale=”JP” title=”Classics in Total Synthesis: Targets, Strategies, Methods”]

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 3.11 14:46 ③ 復興へ、震災を教訓として
  2. 多置換ケトンエノラートを立体選択的につくる
  3. ジアステレオ逆さだぜ…立体を作り分けるIr触媒C–Hアリル化!
  4. PEG化合物を簡単に精製したい?それなら塩化マグネシウム!
  5. 工学的応用における小分子キラリティーの付加価値: Nature …
  6. 【超難問】幻のインドールアルカロイドの全合成【パズル】
  7. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」①
  8. 映画007シリーズで登場する毒たち

注目情報

ピックアップ記事

  1. アメリカで Ph.D. を取る –結果発表ーッの巻–
  2. 不活性アルケンの分子間[2+2]環化付加反応
  3. 「不斉化学」の研究でイタリア化学会主催の国際賞を受賞-東理大硤合教授-
  4. がん代謝物との環化付加反応によるがん化学療法
  5. 2023年から始めるマテリアルズ・インフォマティクスの進め方 〜<期間限定>MIスターティングパッケージ企画もご紹介〜
  6. KISTEC教育講座 「社会実装を目指すマイクロ流体デバイス」 ~プラットフォームテクノロジーとしての超微量分析ツール~
  7. フローケミストリーーChemical Times特集より
  8. 特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
  9. 新課程視覚でとらえるフォトサイエンス化学図録
  10. グローブボックスあるある

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP