皆さんご存知の通り今年のノーベル化学賞は、全世界があっと驚く誰もが予想していなかったであろうGタンパク質共役受容体(G protein-coupled recepter, GPCR)」に関する研究でDuke大学のRobert J. Lefkowitz教授とスタンフォード大学のBrian K. Kobilka教授になりました。おめでとうございます!
受賞対象となった論文は生命科学における大変重要な発見について述べられており、膜タンパク質という難敵の構造と作用機構を明らかとした人類の偉業であることに疑いの余地はありません。詳しくはこちら。
でもなんかポアンカレ予想が、ペレルマンによってトポロジーではなく微分幾何学で証明されてしまったときのような・・・釈然としないというか、肩透かしをくらったような気がするのは筆者が不勉強、了見が狭いからでしょうか。今回のポストではノーベル賞フィーバーに水をさすわけじゃありませんが、筆者のそんなモヤモヤを代弁してくれていたかのような、Cornell大学のRoald Hoffman教授によるeditorialをご紹介します。この論説は今年のノーベル化学賞の発表よりもだいぶ前に書かれたもので、Hoffman教授は日本びいきなのか日本の話題も端々に登場します。
What, Another Nobel Prize in Chemistry to a Nonchemist?
Roald Hoffmann Angew. Chem. Int. Ed. 51, 1734-1735 (2012). Doi: 10.1002/anie.201108514
ノーベル化学賞は今年のお二方を含めると、104回で163人に贈られました(Hoffman教授もその中の一人で、1981年に福井謙一と共にノーベル化学賞を受賞しています)。そのうち過去31年に限って見てみると、生化学、及び分子生物学の範疇に入るであろうものが11回、マテリアルサイエンスに1回となっています(原著にプラスして今年も含めました)。どれも重要な発見であることに疑いの余地はありませんが、前者はノーベル医学生理学賞、後者は物理学賞でも違和感がないものが多いと思われます。
ご受賞された方々も化学者としてご自身を称していなかった方が多いのではないでしょうか。それらの先生方の所属もいわゆる化学科みたいな所ではありませんで、ここ11年でいわゆる化学科の所属の方が受賞されたのは4回にとどまります。
ちなみに、こちらとこちらのサイトによると、両教授は一般的に化学分野のトップジャーナルといわれる、Angew. Chem. Int. Ed.誌に掲載の論文は無く、J. Am. Chem. Soc.誌の論文はKobilka教授が共著のものが一報あるのみです。その代わり、J. Biol. Chem.などの生化学誌は数多くあります。
ノーベル化学賞選考委員会では生化学、分子生物学を化学賞の中に入れている事は明白です。しかしHoffman教授は、いわゆる化学に携わっている大部分の人間は(in my opinion unwisely)この決定に同意することができないと述べています。
もちろん、ノーベル賞の受賞者は選考委員会の厳格な規定により選ばれているはずですのが、決定された受賞者に疑問が生じるようなことがあってはならないのではないとも述べています。
ノーベル化学賞が持つ一つの側面として、化学ってこんなに素晴らしいということを若者にアピールし、その若者を化学の世界に引き込むというのがあると思われます。戦後間もない頃、福井謙一先生のノーベル化学賞は、世界に日本人にもオリジナリティーが備わっていることを知らしめ、どれだけ多くの日本の若者を化学の道に進ませるきっかけになったのかは計り知れません。地道な活動で若者を引き込んでいくことも大切なことですが、ノーベル化学賞の受賞というのはそんな努力が吹っ飛ぶほどの凄まじいインパクトがあります。
もし受賞対象となる素晴らしい研究が化学科で学べないとしたら・・・ そのギャップに若者は苦しむかもしれません。 もし分子生物学に押されてクロスカップリングが受賞を逃していたら・・・ もし生化学に押されて不斉反応が受賞を逃していたら・・・ 素晴らしい化学の世界に若者を引き込む絶好の機会が失われていたことでしょう。
人類が発見し、手にした自然の摂理ほど人々を魅了するものはありません。今まで見た夢よりももっとワクワクするような夢ががそこには広がっています。そんなDream Machineを作るのはSonyではなく、ノーベル財団なのだとHoffman教授は結んでいます。
ここに記した事項は決して過去の受賞者の方々がノーベル化学賞に相応しく無いという筆者の主張ではありません。
先日のケムステにおける受賞者当てクイズで正解者がゼロだったことからもお分かりのように、ただ一化学者として、ノーベル化学賞の発表の際にエー誰ですかそれはーという驚きは正直残念という気持ちでHoffman教授の意見を紹介させていただいたものです。そんな了見の狭いこと言ってないで、生化学や分子生物学に負けない発見をすればいいだけじゃないかというのはごもっともです。
まだまだ未成熟な生命科学の分野ではこれからも驚くような発見があるに違いありません。生命科学には益々化学的な視点が必要性を増して行き、将来的には理学部化学科に生命科学が普通に入ってくることでしょう。現に欧米ではDepartment of Chemistryではなく、Department of Chemical Biologyになっているところもあります(ちなみにHoffman教授の所属はDepartment of Chemistry and Chemical Biology)。そんな過渡期にあって、このような考えは前時代の遺物なのかもしれません。
財団も少し財政が苦しく今年から賞金が二割ほど下がったようですので、賞の新設というのは望めそうもありません。平和賞はなんだか政治っぽくなってきていて毎年のようにブーイングが起こっているので、いっそのこと止めてしまってその代わりにノーベル生命科学賞なんてできてくれればいいのですが・・・
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