前回の続き。ここ10年程度の主な研究成果をご紹介しましょう。
Tshozoです。皆さんはボスに叱られて不整脈になったことはありますか?私はあります。
前回に続き、BASFの研究成果・活動の一例、HPPO法による酸化プロピレン(PO:Propylene Oxide)の事業化についてご紹介します。他にもStrobilurin Aの合成や光学活性アミンの合成、イオン性液体の実用化など数多くあるのですが、ボリュームが大きくなるので今回はこれだけに留め、他はまた次の機会にご紹介します。
では無駄口たたかずガンガンいきます。
”HPPO法によるPOの新規合成法事業化(2008年・Dowと協業)”
POはプロピレンから合成される工業製品の中間体です。これを原料として出来るグリコール類やポリオール類は、塗膜や薄膜形成のための溶媒・不凍液・ポリウレタンモノマ(又は変性剤)・染色剤など多くの用途に使用されており、生分解性も比較的高いことから工業的に極めて重要な位置にあります。年間生産量は何と650万トンに達します。
POの主な材料展開先
で、従来そのPOをどう合成していたか。工業的には主にA.プロピレンからクロロヒドリンを経由する合成方法 と、 B. スチレンモノマ-PO法 の2種類がありました。
従来のPO合成法・上がAで下がB
これらの反応、実際には副生成物を多く発生させてしまうという問題を抱えていました。まずAは相当量の塩化カルシウム(CaCl2・重量比でPOの1.5倍)を発生しますし、Bは出来たスチレンが副生成物になります。
これに対し住友化学が2006年に中間体としてクメンを使用する方法を編み出しました。具体的には上記Bの左側のベンジルアルコールではなくクミルアルコールを使うものです。これを水素で還元後、Airで酸化させてクメンパーヒドロキシドを作り左側を回すプロセスを使っています(実は工業的にはこちらの住友化学の方が数十万トンレベルの量産に先鞭をつけました・しかし個人的にはクメンパーヒドロキシドが多段反応であるため、収率はそこまでよくないのではないかという気がします)。
これらの手法をさらに進化させ、より低コストでPOを供給するにはどうすればよいか、という要求に応えたのがBASFがDowと協業で完成させたHPPO法(過酸化水素法)でした。
HPPO合成法・理屈上は出る生成物が水だけ!
反応温度も30~80℃とマイルド、ただし圧力はなぜか10~30barの低圧のもよう
これを実現したのは、BASFが誇る触媒技術です。チタンシリケート系不均一触媒を用いて、下記のようなスキームで推定される反応によりPOを合成しています。この反応は以前からよく知られていたようですが、実際の転化率は50%程度と低かったために採用されていなかったとのことです。BASFは触媒を工夫することでこの転化率を90%以上に引き上げ(95%以上とも言われます)、実用化にこぎつけました。
HPPO合成法のメカニズム・メタノールが重要な役割を果たしている
上図のメカニズムを解明しているとすると、副反応が出難いようにエンジニアリング上の工夫をしている可能性が高いです。
ただプロセスとしてはまだまだ未完成で、安定供給できる過酸化水素プラントを真横に作らなければならんので投資コストが高いとか(本件はDowのほか、過酸化水素最大手のSolvayも巻き込んでます。本反応は安価な過酸化水素が供給されないとコスト競争力が低くなりますので、過酸化水素の価格決定力を持つSolvayを巻き込むのは当然の判断なのでしょう)、水に溶解したメタノールの分離に熱やスチームを大量に消費するとか下記のような副反応を起こすなどの問題を抱えています。
これらの点は先に挙げた住友化学でも同様の問題を抱えていると思われ、どちらがより単純な系でスケールメリットを以って廉価なPOを供給できるのか、というところの戦いになると思われます。正直技術的にはレベルがいずれも高く、優劣つけ難い勝負になるのではないかと予想しています。
生じる副反応・特に過酸化水素があるせいで不可避的に発生する
真ん中の反応が厄介と思われる
ということで今回はここまで。次回はよりBASFらしい研究成果である、イオン性液体について取り上げます。
【注 ・・・華々しく事業化されたこのHPPO法ですが、欧州地域はともかくアジア地域においてBASFは協業のDowと「地域ごとの生産量・供給量と取り分」に関し同意に至らなかったため、プロジェクトから手を引くという決断を下しています。ここらへんはビジネスとしての厳しさ、ということでしょう】