Charles Goodyearは1844年あるポリマーに関する特許を取得しました。その特許とは、ゴムノキの樹液から得られるポリイソプレンを主成分とする生ゴムに硫黄を加えて加熱することで飛躍的にゴムの弾性が改良できるというものです。彼はその研究に10年以上の歳月を費やしたそうです。注)タイヤメーカのGoodyearとは直接の関係は無く、彼の名前にちなんで命名された社名だそうです。
ちょっと遅くなってしまいましたが、今回のポストでは半ばシリーズ化を目論んでいるしてきたNature Chemistry誌から、ポリマー化学で著名なthe Institut Charles SadronのJean-François Lutz博士のthesisを紹介したいと思います。
Slow science
Lutz, J.-F. Nature Chem. 4, 588-589 (2012). doi:10.1038/nchem.1415
企業における研究では最終製品を世に送り出すために数年、数十年という長い年月がかかるものが少なくありません。他社を出し抜き、特許で武装し、巨万の富を築くためにはそれなりの費用、時間がかかるものです。
では、大学における研究はどうでしょうか?現代の研究者は日々の研究、教育、そして諸々の雑務に追われている事でしょう。特に近年では学内外での会議だなんだでボスがラボを不在にする時間が増えているように感じます。ビッグラボになると国内外を飛び回っていてなかなか会えないなんて話も耳にします。
The rhythm of discovery has changed. Progress is now more incremental than it used to be 100 years ago.
この15年あまりの間にインターネットの普及によって研究環境は大きく変化しました。ネットによる投稿、ピアレビューのシステムは研究のスピードを飛躍的に加速させています。特に化学の分野はその恩恵を大きく受けているように思います。一方で、再現性の取れない結果や、捏造も多く生むことになったのですが・・・
その論文にしたって様々な分野の論文を読み漁る時間はもはや研究者には与えられていません。自分の分野の論文であっても全ての文章を読み切ることは稀でしょう。確かに小さな結果の積み重ねによってパラダイムシフトが起きることはありますが、劇的なパラダイムシフトは起きにくい環境とも言えます。
そんな多忙なボスの指導の下、目新しい成果をあげてAngew. Chem. Int. Ed.誌にでも論文を載せれば一躍あなたもトップ研究者の仲間入りといったところです。ボスにしてみれば一発狼煙を上げたところでお終いという訳にもいきませんので、その後も次々に結果を出し続けなければというプレッシャーと戦うことになります。
するとどうでしょうか。研究テーマの設定が非常に難しくなってきます。本当にやってみたい研究テーマが数年、いや十年以上はかかりそうだと思ったら躊躇することもありえます。博士課程の学生さんもそんなテーマに当たったら学位取得もままなりません。結果としてせいぜい五年くらいのテーマが限度となるでのかもしれません。
にも関わらず、過酷な研究競争によって、ラボのメンバーは結果を早く求められがちです。
図は文献より引用 © ALEX WING
そんな化学の世界にはthe Slow Science Academyのマニフェストが重く響きます。(マニフェストというと我が国ではなんだか胡散臭いものに成り下がりましたが)
以下引用
THE SLOW SCIENCE MANIFESTO
We are scientists. We don’t blog. We don’t twitter. We take our time.
Don’t get us wrong—we do say yes to the accelerated science of the early 21st century. We say yes to the constant flow of peer-review journal publications and their impact; we say yes to science blogs and media & PR necessities; we say yes to increasing specialization and diversification in all disciplines. We also say yes to research feeding back into health care and future prosperity. All of us are in this game, too.
However, we maintain that this cannot be all. Science needs time to think. Science needs time to read, and time to fail. Science does not always know what it might be at right now. Science develops unsteadily, with jerky moves and unpredictable leaps forward—at the same time, however, it creeps about on a very slow time scale, for which there must be room and to which justice must be done.
Slow science was pretty much the only science conceivable for hundreds of years; today, we argue, it deserves revival and needs protection. Society should give scientists the time they need, but more importantly, scientists must take their time.
We do need time to think. We do need time to digest. We do need time to misunderstand each other, especially when fostering lost dialogue between humanities and natural sciences. We cannot continuously tell you what our science means; what it will be good for; because we simply don’t know yet. Science needs time.
—Bear with us, while we think.
引用終わり
少し長い文ですがSlow Scienceと言っても科学の進歩を遅くしようということではもちろんありません。とにかく科学者にはもっと純粋に科学に費やす時間が必要なんだということをアピールしています。BlogとかTwitterとかやらないのがいいんですね。Facebookのページがあるのはご愛嬌ということで。
The number of publications of contemporary chemists is quite high. Good for their ego, but is it a benefit for global human knowledge?
大量の学術論文が量産されている現代は人類の叡智にとってベストな状態と果たして言えるのでしょうか?毎朝Google Readerとにらめっこするのが科学者の仕事とはあまり思えないのです。
少しスローダウンしてみるのも検討に値するのではないかと夏空の下ふと思うのでした。そう言えばお盆休みもろくに無かったなあ・・・
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