毒キノコから含アルキン有毒アミノ酸を単離,中国雲南省で数十年にわたり相次ぐ変死の原因究明に終止符.立秋8月7日を過ぎたものの、残暑の厳しいおり、いかがお過ごしでしょうか。まだ早いですが、季語としてもおなじみであるように、秋はキノコのシーズンです。そこであえて毒キノコの話題でもとりあげようと思います。キノコと言っても、梅雨明けのまだ蒸し蒸しした時期など、秋に生えるものばかりではありませんけどね。
秋 来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる
近年、アルキンの構造を持ったシンプルな構造の有毒成分がキノコから単離され[1]、化学コミュニティーを驚かせました。えぇっ、こんな単純な化合物も猛毒なの!?
冒頭の和歌のように、かの藤原定家いわく、感性を研ぎ澄ませば秋が来たのだなと目にははっきり見て確認できないけれども風の音ではっと気づかされる、立秋はそんな日だとされています。ちなみに、「ぬ」は否定の助動詞「ず」の連体形ではなく、完了の助動詞「ぬ」の終止形なので、「来ぬ」は「きぬ」と読みます。「こぬ」ではありません。
あぁアルキンが来たのだな……
えぇ、こほん。無理矢理感(秋→アキ→アルキン)がいなめませんが、アルキンの話にシフトします。「これが言いたかっただけだろ!」・「つまらないぞ!」という野次がどこからか聞こえてきそうです。(^^;);アセあせアセチレン
アルキンとは、アセチレン(HC≡CH)のように、炭素間三重結合を持った有機化合物の総称です。生理活性を持つ天然化合物に、アルキン(RC≡CR)はあまり多く知られていません。末端アルキン(RC≡CH)となると、さらに少なくなります(参照:ケムステ身のまわりの分子「ヒストリオニコトキシン」など)。ないわけではありませんが、自然界にアルキンはそこそこ珍しいのです。
- キノコから単離された有毒成分
最近[1]になって、アルキンの構造を持つ分子に、もうひとつ化合物が追加されました。中国雲南省で過去30年間に260人以上が亡くなったという毒キノコTrogia venenataから単離されたものです。種小名「venenata」はラテン語で「毒」を意味しています。
中華人民共和国 雲南省(赤色部分)
毒キノコには、アルキンの構造を持つ低分子の有毒成分が、乾燥重量1gあたり2mg含まれていました。また、2009年8月に、この毒キノコを食べ急性の心不全で亡くなったという27歳の男性の血液サンプルからも同様の有毒成分が検出されました[1]。
構造が分かったので、早速、全合成。マウスに投与したところ、半数致死量は84mg/kgでした。この有毒成分は、半数致死量で比較した場合、精製した純粋物ならば、青酸カリよりも弱く、かのDDTよりも強いくらいの値です。
- 心臓の筋細胞の壊死が引き起こされる
この死を呼ぶアミノ酸が、なぜ毒になるのか、まだ詳しい仕組みは分かっていません。しかし、わたしたちの身体にこの成分が取り込まれると、どうやら心臓を動かす筋肉が、とりわけダメージを受けるようです。
根拠のひとつは「血中クレアチンキナーゼ量」にあります。
筋細胞は、平時にはクレアチン(creatine)という代謝産物を、クレアチンリン酸(phosphocreatine)というかたちにして貯めています。このクレアチンリン酸を分解してクレアチンに戻すとエネルギーが得られ、それで筋収縮し、わたしたちは瞬発力ある激しい動きを続けられるわけです。当然、クレアチンをクレアチンリン酸に変えるクレアチンキナーゼ(creatine kinase)がある場所は筋細胞の中です。
このクレアチンキナーゼが、血液中で異常検出されるのはどういうときかというと、それは筋細胞が傷ついたときです。例えば、激しい運動で筋肉痛になれば血中クレアチンキナーゼ量は少し上がります。また、心筋梗塞でも血中クレアチンキナーゼ量は上昇し、小規模な段階でも変化を検出できるため診断にも使われています[5]。
赤いバーは毒キノコを誤って食べた患者の臨床データ[2]・青いバーは化学合成した有毒成分の投与データ[1]
毒キノコと、その有毒成分ではどうかというとグラフのとおり。血液中のクレアチンキナーゼ量が増加しています。分子レベルでは毒性の仕組みはまったく分かっていませんが、組織レベルでは心筋の壊死がひとつの決め手になっていると考えると、このデータは合致しています。
- 風の音にぞ驚かれぬる
アルキンの構造から、目では大丈夫だろうと見えたとしても、究極の複雑系である生き物の中で起こる思わぬ結果には、たびたび驚かされるものです。何か、本来あるべきアミノ酸の代謝酵素に間違って取り込まれて、ちょうどそのくぼみに入って、邪魔をしていたのでしょうか。アルキンと言えばクリックケミストリーでよく応用される構造であり、似たようなアミノ酸も人工的に合成されています[4]が、計画段階では毒なんてないだろうと思っていても、実際はそうでなかったという場合も考えられますから、取り扱いにはよく注意しましょう。
- 参考論文
Shi GQ et al. PLoS ONE 2012 DOI: 10.1371/journal.pone.0038712 [4] “Genetic Encoding and Labeling of Aliphatic Azides and Alkynes in Recombinant Proteins via a Pyrrolysyl-tRNA Synthetase/tRNA CUA Pair and Click Chemistry” Nguyen DP et al. J. Am. Chem. Soc. 2009 DOI: 10.1021/ja900553w [5] “Serum Enzyme Assays in the Diagnosis of Acute Myocardial Infarction Recommendations Based on a Quantitative Analysis.” Thomas HL et al. Ann. Intern. Med. 1986 DOI: 10.7326/0003-4819-105-2-221
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