DNAやRNAに含まれる核酸塩基、あなたはいくつあげられますか?
アデニン・グアニン・シトシン・チミンに加えて、ウラシルもあげられれば及第点。構造式も書ければなおよし。しかし、天然の核酸塩基だけでもまだまだありますよ。
さらには、ユニークな機能を持たせた人工の核酸塩基まで登場して、事態は深みを増していきます。分析機器の発展もさることながら、ひとの手で合成する方法も洗練され、核酸の世界に化学のちからここにあり、です。
1970から1980年代くらいは、特別な核酸塩基の単離と、全合成が華やいでいました。2000年代に入っても、分析機器の高性能化を背景に、新たな核酸塩基がいくつか報告されています。
えっ? 天然の核酸塩基だけでも100以上あるって?
とりあえず、とくにことわりのないかぎり、ヒトを念頭に話を進めます。また、本当は糖がついているかどうかでアデニンとかアデノシンとか書き分けた方がよいのですけれども、ここは総説を世界に発表する場所ではありませんし、厳密さはいくらか割愛させていただきます。
ゲノムDNA
ゲノムDNAで有名な修飾塩基は、エピジェネティクスでもおなじみ、5位の炭素原子に対するメチル化シトシンでしょう。遺伝子刷り込みをはじめ、多彩な生命現象にこのDNAメチル化は噛んでいます。ホスホジエステル結合を挟んでシトシンとグアニンが隣り合って多く存在するCpGアイランドと呼ばれる領域でメチル化シトシンは見られます。
メチル化シトシンを認識するDNAメチル化酵素が存在し、DNAの一方の鎖でシトシンがメチル化されていると、反対側のシトシンもメチル化されるため、塩基の修飾は細胞の系譜ごと代々にわたって受け継がれます。親のストレスが子に遺伝する、といった現象も、このような仕組みで、エピジェネティックに起きています。
また、このようなCpGアイランドのメチル化は細菌では見られないことを利用し、わたしたち哺乳類は、驚くべきことにDNAで自己と他者を区別できます。ノーベル賞でおなじみToll様受容体(Toll like receptor)のひとつTLR9タンパク質が、メチル化されていないCpG核酸断片を認識し、免疫機能をオンにするのです[1]。このDNA、細菌由来だな、と。
さらに、最近になって、酸化反応を受けたヒドロキシメチル化シトシンもまた遺伝子の発現を制御するために重要だと判明[2]しました。DNAの修飾塩基をめぐり、事態はさらに深みを増しています。
伝令RNA
伝令RNAはというと、まずあげておくべきは5プライム末端のキャップ構造でしょうか。ここで活躍する核酸塩基は7位窒素原子に対するメチル化グアニンです。RNAの一端にこの特殊構造があるおかげで、RNAは細胞内で分解をまぬがれ、翻訳の開始に必要な因子が認識しリボソームによるペプチド合成が可能になります。トリリン酸結合を介して、さかさまにひっくりかえってメチル化グアニンがくっついている点もユニークです。
もうひとつはイノシンです。DNAの遺伝情報が伝令RNAに転写され、伝令RNAの塩基配列がタンパク質のアミノ酸配列に翻訳される2つのステップの間には、RNAの成熟にともないいくつかの加工が施されます。そのひとつがRNA編集と呼ばれる書き換え現象です。酵素反応で脱アミノ化し一部のアデニンがイノシンへと変換されます。コドンとアンチコドンの対応では、イノシンがグアニンとしても読まれるため、翻訳でできあがったタンパク質のアミノ酸配列はしばしば別のものになります。例えば、神経疾患のカギを握るイオンチャネルの中にはRNA編集の必要なものがあり、患者ではRNA編集が鈍くなっていたなど、多様な生命現象にRNA編集は関与しています。
近年[3]になってシュードウラシルまでも伝令RNAに見つかりました。ウラシルの骨格が反転してしまった変わりものです。翻訳の進行を助けているようですが、こちらも事態はさらに深みを増しています。
運搬RNA
変わりモノ核酸塩基の玉手箱と言えば、運搬RNAでしょう。今までに知られた特別な修飾塩基の数は、実に100を超えています。とくに、伝令RNAの3つ組コドンを認識する運搬RNAの3つ組アンチコドンの1番目か3番目で、多様な修飾塩基が見られ、運搬RNAに対応するアミノ酸ごと、細菌の場合、古細菌の場合、ヒトを含めた真核生物の場合、ミトコンドリアのような細胞小器官の場合、それぞれでわずかな違いが散見されます。素直な修飾されていないそのままのアンチコドンも少なくないのですが、このように例外は多数あるようです。本当に生き物がこんな変わりものを作っているのか疑いたくもなりますが、生合成酵素が単離され、結晶構造解析が済み、反応機構の提案まで研究は進みつつあります。
人工の核酸塩基
特別な機能を持たせた人工の核酸もたくさん開発されています[4]。例えば、光を当てたり、特別な試薬を加えたりするだけで、遺伝子の発現が制御できると、新たにたくさんの可能性が拓けそうですよね。
ヌクレオベースは結論を出せない
参考論文をいくつかあげましたが、夏の暑い日にアイスクリームでも食べながら読んでみてはいかがでしょうか。いったい核酸塩基(nucleobase)はいくつあるのか、好奇心はいつでも科学の推進力です。退屈な窓辺に吹き込む風に、何か変わりそうな気がしませんか。
塩基だけに限定しなくても、核酸の世界はバラエティー豊かです。ヒ素入りDNAはない[14],[15]ようですが、硫黄入りDNAはあります[16]しね。ひょんなことから、新規な生体模倣の機能材料が開発されるかもしれませんよ。
関連サイト
参考論文
[1] Toll様受容体は細菌DNAを認識する“A Toll-like receptor recognizes bacterial DNA” Hiroaki Hemmi et al. Nature 2000 DOI: 10.1038/35047123
[2] メチル化シトシンをヒドロキシメチル化シトシンに変える哺乳類に共通した意味“Conversion of 5-Methylcytosine to 5-Hydroxymethylcytosine in Mammalian DNA by MLL Partner TET1” Mamta Tahiliani et al. Science 2009 DOI: 10.1126/science.1170116
[3] 伝令RNAのシュードウラシルはナンセンスコドンを乗り越えるために必要“Converting nonsense codons into sense codons by argeted pseudouridylation” John Karijolich et al. Nature 2011 DOI: 10.1038/nature10165
[4] アゾベンゼンでDNAを制御“Synthesis of azobenzene-tethered DNA for reversible photo-regulation of DNA functions: hybridization and transcription” Hiroyuki Asanuma et al. Nature Protocol 2007 DOI: 10.1038/nprot.2006.465
[5] 運搬RNAを修飾してワイオシンを作る酵素の立体構造“Crystal Structure of the Radical SAM Enzyme Catalyzing Tricyclic Modified Base Formation in tRNA” Yoko Suzuki et al. J. Mol. Biol. 2007 DOI: 10.1016/j.jmb.2007.07.024
[6] 運搬RNAを修飾してチオウラシルを作る酵素の立体構造“Snapshots of tRNA sulphuration via an adenylated intermediate” Tomoyuki Numata et al. Nature2006 DOI: 10.1038/nature04896
[7] 運搬RNAを修飾してセレノウラシルを作る酵素の同定“The Escherichia coli ybbB gene encodes a selenophosphate-dependent tRNA 2-selenouridine synthase” Matt D. Wolfe et al. J. Biol. Chem. 2004 DOI: 10.1074/jbc.M310442200
[8] タウリンで修飾された核酸塩基がミトコンドリアの運搬RNAで機能“Taurine as a constituent of mitochondrial tRNAs: new insights into the functions of taurine and human mitochondrial diseases” Takeo Suzuki et al. Eur. Mol. Biol. Organ. 2002 DOI: 10.1093/emboj/cdf656
[9] アグマチニルシチジンの単離と化学合成による確認、さらに生合成酵素同定“Agmatine-conjugated cytidine in a tRNA anticodon is essential for AUA decoding in archaea” Yoshiho Ikeuchi et al. Nature Chemical Biology 2010 DOI: 10.1038/nchembio.323
[10] リシジンの単離と化学合成による確認“A novel lysine-substituted nucleoside in the first position of the anticodon of minor isoleucine tRNA from Escherichia coli” T Muramatsu et al. J. Biol. Chem. 1988
[11] アーキオシンの単離と化学合成による確認“Structure of the archaeal transfer RNA nucleoside G*-15 (2-amino-4,7-dihydro- 4-oxo-7-beta-D-ribofuranosyl-1H-pyrrolo[2,3-d]pyrimidine-5-carboximid amide (archaeosine))” J M Gregson et al. J. Biol. Chem. 1993
[12] ワイブトシンの全合成と立体配置の決定“Total synthesis of dl-Y base from yeast phenylalanine transfer ribonucleic acid and determination of its absolute configuration” Makoto Funamizu et al. J. Am. Chem. Soc. 1971 DOI: 10.1021/ja00753a080 [13] キューオシンの全合成と立体配置の決定
“Total synthesis of optically pure nucleoside Q. Determination of absolute configuration of natural nucleoside Q” T Ohgi et al. J. Am. Chem. Soc. 1977 DOI: 10.1021/ja00507a032
[14] ヒ素環境に生育するGFAJ-1の細胞からDNAにヒ素は検出されなかった“Absence of Detectable Arsenate in DNA from Arsenate-Grown GFAJ-1 Cells” Marshall Louis Reaves et al. Science 2012 DOI: 10.1126/science.1219861
[15] GFAJ-1はヒ素耐性であるがリン依存の生命である“GFAJ-1 Is an Arsenate-Resistant, Phosphate-Dependent Organism” Tobias J. Erb et al. Science 2012 DOI: 10.1126/science.1218455
[16] 細菌に存在する硫黄入りのDNAの化学構造“Phosphorothioation of DNA in bacteria by dnd genes” Lianrong Wang et al. Nature Chemical Biology 2007 DOI: 10.1038/nchembio.2007.39
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