5月末に発表された世界の有機化学、無機化学分野における45名の「精鋭」たち(前回の記事はこちら)。Reaxys Ph. D. Prizeは博士課程に在籍しているもしくは1年以内に博士を取得した学生に与えられる国際賞です。350通以上の応募のうち、この最終選考に残った45名、その中からたった3名今年のReaxys Ph.D. Prize受賞者が選ばれます。そして先日、栄えある受賞者が決定しました!以下の3名です!
Debashsi Mandal (Nagoya University)
Gregory Hamilton (UC Berkeley)
Craig Stivala (UC Santa Barbara)
おめでとうございます!受賞者にはACSMeetingの招待講演、$1500以上の渡航費補助、$2000のお小遣いが与えられます。幸運にも筆者の学生も受賞者3名に食い込むことができました。それでは今回もそれぞれの受賞者のお仕事を詳細に紹介しましょう。
Mr. Debashis Mandal
受賞論文
“Synthesis of Dragmacidin D via Direct C–H Couplings”
J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 19660–19663. DOI: 10.1021/ja209945x
何を隠そう、筆者のはじめての博士課程の学生です。宗教上の理由などで仕方がないことではありますが、インド人は食べれないものが多かったり、お酒も飲めない人もいるなか、彼はなんでも食べる、飲む、受け入れる、ちょっと酔っ払うと厄介ですが、とってもよくできる学生です。当時一番やりたかった芳香環直接連結反応を駆使したdragmacidin Dの全合成研究に携わってもらいました。ゼロからの反応開発からはじめなければならなかったので、苦労しましたが、なんとか2年ほどでまとめ上げることができました。ファイナリストには残ると期待していましたが、まさか受賞できるとは思っていなかったので、嬉しい限りです。彼は今年の秋にPh.Dを取得する予定で、その後スクリプス研究所のK. C. Nicolaou教授の元で博士研究員を行なうことが決まっています。アカデミック志望でできれば日本でポジションをと考えています。G30プログラムなどで大学の国際化が進んでいる今後、日本でPh.Dを所得したアジア系の博士として重宝されてほしいものです。ぜひよいお話があればよろしくお願い致します。
Dr. Gregory Hamilton, Ph. D.
受賞論文
“A Powerful Chiral Counterion Strategy for Asymmetric Transition Metal Catalysis”
Science ,2007, 317, 496-499 DOI:10.1126/science.1145229
2007年、金触媒を用いた反応において、キラルなカウンターアニオンを用いると、高い不斉収率で生成物が得られる反応をみつけました。これまで、金属の対イオン(カウンターイオン)をキラルなものを用いて、高い不斉収率を発現させた例はほとんどありませんでした。カリフォルニア大学バークレー校で金触媒を用いた有機合成反応で最近名をはせているToste教授らはAu触媒を用いたアレーンのヒドロアルコキシ化反応において、対アニオン(カウンターアニオン)としてキラルなホスフェート触媒を用いる、つまりキラルな対イオンを用いて不斉を発現することに成功したのです。(過去のケムステ記事「遷移金属の不斉触媒作用を強化するキラルカウンターイオン法」より)
本筆頭著者である、Hamilton博士は、2011年に博士号を取得し現在はカルフォニア大学サンフランシスコ校のKevan Shokat研究室で博士研究員をしています。どうやら、少し分野を変えてみたいのか、経験としてもしくは今後アカデミックポジションを取り新しい独自の研究を行なうために知識を得たいのかわかりませんが、分野を変えているようです。受賞論文は内容が少し古いものの、金属触媒を用いた不斉触媒反応において、新しい概念を与えたことは疑いの無いことだと思います。
Mr. Craig Stivala
受賞論文
“Highly Enantioselective Direct Alkylation of Arylacetic Acids with Chiral Lithium Amides as Traceless Auxiliaries”
J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 11936–11939 DOI: 10.1021/ja205107x
キラルリチウムアミドを用いたとα-アリール酢酸の直接的不斉アルキル化反応の開発が受賞理由です。一見、ありそうな反応ですが不斉補助基を必要とせず、カルボン酸のままでカルボニル基のα位の不斉アルキル化を行いました。キログラム合成にも対応できるそうです。指導教授のカリフォルニア大学サンタバーバラ校のZargarian教授は複雑な天然物合成でも有名ですが、今回の受賞者であるStivala氏はこの反応開発の他に非常に構造が困難なピンナトキシン類の全合成を含む10報近くの論文に関わっており素晴らしいプロダクティビティをもっています。未だ学生のようで、今後どうするのか楽しみですね。
というわけで、第三回を迎えたReaxys Ph.D Prizeの受賞者を簡単に紹介しました。後日、受賞者のインタビューも予定しているそうです。やはり今回も有機化学に偏ってしまったのは残念なところですが、応募の数と審査員からみたら仕方がないのかもしれません。最後は圧倒的でない場合ほぼ審査員の好みで決まってしまいますから。ちなみに気になる受賞者の行方ですが、ちょっと調べてみました。
第一回目の受賞者Thomas Maimone博士(Baran研)は著者の友人ですがBachwald研究室でのポスドクを経て、今年からカリフォルニア大学バークレー校でAssistant Professorとしてキャリアを始めています。宮村浩之博士は受賞時と同様に東京大学小林研究室の特定助教として受賞後も10報以上の論文を書いています。昨年一緒にあるカンファレンスをお手伝いさせていただきましてとっても良い方です。Robert Phipps博士は現在今回受賞したHamilton博士と同じToste研で博士研究員として活躍し、今年論文がでていました(DOI: 10.1021/ja303959p)。進路をどう考えているのかわかりませんが注目ですね。第二回目の受賞者に関しては未だ大きな動きはないようですが、今後に期待したいと思います。また、受賞まで行かなくともファイナリストにはなかなかタレント揃いで、行方をみているだけでも楽しいと思います。時間がありましたら「あの人は何処ヘ」と探してみてはいかがでしょうか。
それでは来年の第四回もお楽しみに!