[スポンサーリンク]

一般的な話題

世界が終わる日までビスマス

[スポンサーリンク]

GREEN201206Bi.PNG

昔に中学校か何かで見た周期表を思い出してください。質量数が最も小さな安定同位体は水素1(1H)ですが、質量数が最も大きな安定同位体は何でしょうか?

「ビスマスです!」

いえいえ、ビスマスに安定同位体はありませんよ!?

未来を予測し、過去を懐古し、極微の世界を見通し、宇宙の最果てに光を当てる。想像の翼ではたどりつけないその先へ。手の届かない宇宙スケールから、わたしたちの住む地域スケールまで、そこにひそむサイエンスの話題にご招待。はじまりはそう、蒼鉛の別名を持った金属、ビスマスでした。

 

  • ビスマスは不安定元素!?

ビスマスは安定元素ではありません。ほんの数年前に、実験で、はっきりとくつがえされました[1]。天然に産する唯一のビスマス同位体であるビスマス209(209Bi)でさえ、半減期2000京年で崩壊していくとのことです。様式は、陽子2個と中性子2個をまとめて放出するアルファ崩壊です。そのため、先ほど出題しました「質量数が最も大きな安定同位体」の答えは、鉛208(208Pb)です。

それにしても、2000京年とは凄まじい数字です。宇宙がビックバンで誕生してから現在までの年齢が100億年~200億年と言われていますから、文字どおり桁違いの数字です。宇宙のエントロピーが増大しきって熱的死を迎える時期が、かなり短めの試算だと100京年と言われていますが、ビスマスの半減期はこの数値をはるかに凌駕しています。人類が積み重ねてきた文明史のレベルで言えば、ビスマスはほとんどそのまま変わらないというわけです。bi1.PNG

ビスマスの崩壊は2000京年でやっと半減するスピード

このペースだと、超新星の輝いたあの日から、世界が終わる日まで、ビスマスはほとんどビスマスのままでしょう。ここまでゆっくり崩壊するとなると、正確に測定するためには、どれだけ高性能の検出器が必要なのでしょうね。

 

  • 放射線はもともと身近にある

ビスマスはわたしたちの生活になくてはならない元素です。ビスマスの用途として、とくに有名なもののひとつが、ウッドメタルと呼ばれる低融点合金です。ウッドメタルに必要な原材料の半分がビスマスです。この他、電子機器などに使われる最先端材料にも、ビスマスが活躍しています。

また、ビスマスの結晶は、虹色に輝く特有の美しさを持ち、インテリアの置物や飾りとしても流通しています。単体のビスマスは、表面のみが酸素と反応して、酸化被膜を作ります。他の金属と異なり、ビスマスは氷と同じく、液体から固体に状態変化すると体積が増える性質があります。そのため、ビスマスが液体から固体に状態変化するとき、酸化膜の厚さに微細なむれが生じます。虹色の色彩は、ビスマスに表面にあるこの微細構造によって、光が干渉してできた構造色です。

さらに、ビスマス塩には除菌作用があり、以前からにも使われてきました。最近になってピロリ菌にもビスマス塩がよく効くことが分かり、従来の標準治療にビスマス塩を加えた方法で臨床試験が進められ、最終の結果が報告されています[2]。

 

GREEN201207Bi.PNG

ビスマス209がタリウム205とアルファ粒子に変化

こういう世相なので、誰が読んでいるか分からないインターネットで、バッサリとはあまり書きたくないのですが、ビスマス原子が崩壊すればその分、放射線が出ます。その量がどれほど少ないかは、各自で計算できるでしょう。

ありもしないリスクを過大評価して、役に立つべきものを忌避してしまうことは、地球環境にもわたしたち人類にも、幸せな望むべき結果を、もたらさないはずです。ビスマスの話だったはずですが、ここは、放射線はもともと身近にある、ことを指摘して結びとしましょうか。

 

  • 参考論文
[1] 天然ビスマスからアルファ粒子を実際に検出

“Experimental detection of a-particles from the radioactive decay of natural bismuth” Pierre de Marcillac et al. Nature 2003 DOI: 10.1038/nature01541

[2] 従来法に加えてビスマスをヘリコバクターピロリ菌に対する治療に使用した第3相臨床試験結果

“Helicobacter pylori eradication with a capsule containing bismuth subcitrate potassium, metronidazole, and tetracycline given with omeprazole versus clarithromycin-based triple therapy: a randomised, open-label, non-inferiority, phase 3 trial” Peter Malfertheiner et al. The Lancet 2011 DOI: 10.1016/S0140-6736(11)60020-2

 

  • 関連物品

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. クロう(苦労)の産物!Clionastatinsの合成
  2. 2つ輪っかで何作ろう?
  3. MEDCHEM NEWS 33-3 号「30年後の創薬研究」
  4. アザヘテロ環をあざとく作ります
  5. 生体医用イメージングを志向した第二近赤外光(NIR-II)色素:…
  6. 2008年イグノーベル賞決定!
  7. 地球温暖化-世界の科学者の総意は?
  8. システインから無機硫黄を取り出す酵素反応の瞬間を捉える

注目情報

ピックアップ記事

  1. ナノ粒子の安全性、リスク評価と国際標準化の最新動向【終了】
  2. ジボリルメタンに一挙に二つの求電子剤をくっつける
  3. アルコールをアルキル化剤に!ヘテロ芳香環のC-Hアルキル化
  4. 発明対価280万円認める 大塚製薬元部長が逆転勝訴
  5. 不安定な高分子原料を従来に比べて 50 倍安定化することに成功! ~水中での化学反応・材料合成に利用可能、有機溶媒の大幅削減による脱炭素に貢献~
  6. 2017卒大学生就職企業人気ランキングが発表
  7. 発光材料を光で加工する~光と酸の二重刺激で材料加工~
  8. 推進者・企画者のためのマテリアルズ・インフォマティクスの組織推進の進め方 -組織で利活用するための実施例を紹介-
  9. C70の中に水分子を閉じ込める
  10. 2012年分子生物学会/生化学会 ケムステキャンペーン

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年6月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

中村 真紀 Maki NAKAMURA

中村真紀(Maki NAKAMURA 産業技術総合研究所)は、日本の化学者である。産業技術総合研究所…

フッ素が実現する高効率なレアメタルフリー水電解酸素生成触媒

第638回のスポットライトリサーチは、東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 (前田研究室)…

【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

◆求める人財像:『使命感にあふれ、自ら考え挑戦する人財』私たちが社員に求めるのは、「独創力」…

マイクロ波に少しでもご興味のある方へ まるっとマイクロ波セミナー 〜マイクロ波技術の基本からできることまで〜

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーとして注目されている、電子レンジでおなじみの”マイクロ…

世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」

「独創力」を体現する四国化成の研究開発四国化成の開発部隊は、長年蓄積してきた有機…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

アザボリンはニ度異性化するっ!

1,2-アザボリンの光異性化により、ホウ素・窒素原子を含むベンズバレンの合成が達成された。本異性化は…

マティアス・クリストマン Mathias Christmann

マティアス・クリストマン(Mathias Christmann, 1972年10…

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャーRNA・COVID-19経口治療薬・発光機能分子・感圧化学センサー・キュバンScaffold Editing

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年1月号がオンライン公開されています。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー