新学術領域研究「天然物ケミカルバイオロジー~分子標的と活性制御~」第2回公開シンポジウムが、平成24年の6月17日日曜日から18日月曜日にかけて、東京大学弥生講堂で催されました。講演・ポスター発表は参加無料だったので、お邪魔しに行ってきました。
近かったので見に行ったわけですが、案の上、近いがために参加して終わった後も、自分の所属する研究室に戻って実験ですよ……とほほ。ごほゴホ。それはさておき。
新学術領域研究ホームページより
故人を悼んだのち、最初のご講演は理研を中心にご活躍されている吉田稔先生。地球規模の研究理念を感じさせつつも、化学復興人間研究のスライドでにんまりにこやかにまとめられておられました。スタジオジブリ制作のアレですね。
「どういう理念のシンポジウムなの?」というと、こちら、文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」の「ご挨拶」をチェックするとよいでしょう。複雑構造決定と精密合成確立の成熟した有機化学の手法を基盤とし、その上で生理活性を持った天然リガンド化合物の標的タンパク質を化学の手法で同定。標的タンパク質を起点に生命現象を解明し、そこからの多面的な応用展開を見据えていく、といった理念です。
魔法の弾丸(magic bullet)のふたつ名でご存知、ペニシリンで喩えると、青カビから抗菌物質を単離し、構造を決定し、合成法を確立する。その後に、標的となる生体分子が細胞壁ペプチドグリカンの合成酵素だと分かり、生命現象が解明される。仕組みが分かることで、ペニシリン耐性菌にも効く新たな薬剤をはじめ応用開発が展開していく。
このような流れで、天然生理活性物質のサイエンスを考えたとき、律速はどこかというと、有機化学も分子生物学も成熟した現在、標的となる生体分子の同定、にあるというのが一般的な見方です。これに関して、分子標的と活性制御にフォーカスをあてた集まりになっています。
Chemical Label とChemical Genetics
標的となる生体分子を同定するひとつの注目ポイントが、化学標識(chemical label)による方法です。ジアジリンや、ベンゾフェノンによる光親和標識は10年くらい前から使われ始めていますが、問題点が多く、上手くいくときは上手くいくのですが、そうでないときはたいへんな困難がともなうものでした。しかし、ポスター発表などの場で、ユニークな改良法が、意見交換されており、期待が持てそうです。生体直交なクリックケミストリーもまた注目の反応ですが、ただの末端アルキンとアジドだけでなく、ひとひねりされたものが、いくつか見られました。
もうひとつが化学遺伝学(chemical genetics)による方法です。およその説明としては、遺伝子突然変異の代わりに、特異な生理活性を示す化合物を出発点とし、その原因から標的分子の機能を明かす方法、といったところでしょうか。どうも、分析機器と変異体ライブラリの充実した理研が得意としているような印象があるのですが、またもうひと波乱、ハイインパクトジャーナルに成果を載せることになるのか、気になるところです。
成功の鍵は?
ポスター発表を見ていて気になったのですが、様式がある程度、統一されていて、自分の所属する研究室でできる技術と、共同研究先でもとめる技術が、ポスターの上部に記載されていました。
天然物化学の伝統的なスキルだけでも、単離屋に合成屋にと、かなりのものが要求されることに加えて、新規な反応系を研究ツールとして整備したり、理論化学の側面からシミュレーションによってバックアップする役割もあります。
これに加えて、通常の生理活性試験のみならず、レポーター遺伝子を導入した特殊な生理活性試験の実験系を構築したり、マイクロチップによる遺伝子発現の網羅解析や、ゲノムデータベースからの情報収集、共焦点顕微鏡の管理、電気生理実験、次世代シーケンサを活用した変異遺伝子マッピング、量的遺伝子座解析、メタボローム、タンパク質の大量発現、エックス線立体構造解析のための結晶化などなど。また、化学標識で結合タンパク質(binding protein)を取ってきても、情報伝達物質ではその後のシグナル伝達に何の示唆も与えられなければ、標的タンパク質(target protein)とは認められず疑問符がついてしまいます。
有機化学でも、分子生物学でも、あると助けになる強力な機器とノウハウは多岐にわたります。さすが、究極の複雑系たる生き物を調べるとなると、最先端はパワフルです。自前ですべてこなすのは、人間としても、予算としても不可能に近いと思います。
国内ならば、サンプルのやりとりも手間が少ないので、協力してよい成果が出せそうなものです。成功の鍵は共同研究にあり?