有機化学反応において優れた触媒や活性化剤で所望の化合物を得る。
それはプロレスにたとえると、十六文キックやウエスタンラリアット。実に華々しいインパクトある決め技です。
でも、じわじわと関節をきめて締め上げる関節技は、見た目の派手さは無いものの、ほぼ間違いなく”仕留める”ことが可能です。
今回、まるで”キャメルクラッチ”や”吊り天井固め”等のプロレス技を模倣するように、グリコシル化反応の高度な立体選択性を制御したという論文を紹介します。
グリコシル化反応における、完璧な立体選択性。それはすべての糖化学者が夢見る達成目標です。もっとも酵素反応では保護基も入れずにうまくいくのですけど、そのため、あの手この手で立体制御を達成しようと、世界の研究者が努力しております。
最近、日本の二つの研究グループが、二股をかける保護基の導入によって、”完全な”βアノマー選択的合成を報告しました。Publication Dateがほぼ同時と言うところがいいですね。
“Completely β-Selective Glycosylation Using 3,6-O-(o-Xylylene)-Bridged Axial-Rich Glucosyl Fluoride”
Okada, Y.; Asakura, N.; Bando, M.; Ashikaga, Y.; Yamada, H. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 6940. DOI: 10.1021/ja301480g Publication Date: April 04, 2012
“Strict Stereocontrol by 2,4-O-Di-tert-butylsilylene Group on β-Glucuronylations”
Furukawa, T.; Hinou, H.; Nishimura, S.-i. Org. Lett. 2012, 14, 2102. DOI: 10.1021/ol300634x Publication Date: April 03, 2012
糖化学を知らない方でも、これら糖の六角形が変な状態になっていることに気付かれると思います。そうです、置換基がすべてアキシャル方向になっているのです。教科書的には、シクロヘキサン環は(ここでは糖ですので、ピランになりますが)すべての置換基がエカトリアルになっていた方が安定ですので、これらの構造は極めてきつい状態にあるわけです。
そう、プロレスでいえば“関節技”をきめられているような状態です。従って反応性が高い状態なのです。
しかし反応性が高いだけでは、高い立体選択性を獲得することは不可能です。
彼らの方法のすごいところは、ただこういう立体にしただけでなく、攻撃されうる方向の片方をふさいでしまっていることです。
保護基の妙とでも言いましょうか、ただ関節を締め上げるだけではなく、観客にその決まっている様を見せつけているかのようです。
そこにもう一人のレスラーが攻撃を加えれば(プロレスでは反則ですが、グリコシル化においてはルール内です)、いとも簡単に極まるわけです。果たして両グループは、見事ほぼ完璧なβ体選択性を達成いたしました。
もっとも、その状態に持って行くまでに実際には多くのステップが必要なので、そう簡単ではないのですが、極めるとこに行くまでに多くの手数が必要なのは、関節技でも同じです。
次は1,2-cis体形成という、より難しい課題を解決する関節技が見出されるのを期待しています。