[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

B≡B Triple Bond

[スポンサーリンク]

近年、ますます発展しているホウ素化学分野。その美しい有機ホウ素分子群の中に、また新たな化合物が加わりました。

アセチレン(-C≡C-)や窒素(:N≡N:)分子には三重結合が存在しますが、同周期の13族元素ホウ素では、多重結合を持つ安定な化合物の例が限られていました。

その理由は至ってシンプルで、ホウ素原子には価電子(他の原子と結合するための手)が3つしかないので、炭素や窒素原子のような結合様式では、ホウ素原子周りがオクテット則(計8電子でハッピー)を満たさない電子状態になってしまうため(下図)。

rk061712-1.gif

そこで、ホウ素を含む多重結合化合物を合成する為には、金属(M)で還元して電子を加えてあげる、という方法がこれまでの主流でした(下図)[1]。

 

rk061712-2.gif
一方、中性分子として多重結合を持つ様々なホウ素化合物も数例報告されており、これらはルイス塩基や溶媒、隣接するヘテロ原子上からの電子供与によって安定化されています(下図)[2]。

 

rk061712-3.gif

また興味深い特例ですが、二つのB-H-B部位を持つバタフライ型ホウ素化合物の中心ホウ素間に三重結合性があるという報告が、理研の玉尾先生らのグループによって2010年に発表されています[3]。

rk061712-4.gif
さらに2010年には、初めてB≡O三重結合を持つ化合物の合成が報告されました(過去のつぶやき )。

 

rk061712-5.gif

そして、先日、ついに、ホウ素-ホウ素三重結合を持つ化合物「ジボリン」の合成・単離に成功したという論文がScience誌に報告されていたので紹介したいと思います。

Holger Braunschweig,* Rian D. Dewhurst, Kai Hammond, Jan Mies, Krzysztof Radacki, Alfredo Vargas Science 2012, 336, 1420;DOI: DOI: 10.1126/science.1221138.

ドイツのHolger Braunschweigらグループ[4]は、二つのN-ヘテロ環状カルベン(NHC)が配位した四臭化ジボラン 1とナトリウムナフタレンの反応により、BB三重結合を持つジボリン 3の合成に成功しています(下図)。また還元剤の当量を制御することで、ジブロモジボレン 2の単離にも成功しています。
rk061712-6.gif

 

rk061712-7.gif

以下、少しだけ細かい点を挙げます
———————————————————————————————————-
1234℃まで安定な、緑色結晶
炭素アセチレン類がほぼ無色なのに対してジボリン 3が緑色を示すのは、π-π*遷移に帰属される吸収波長を510 nmに持つため。カルベン炭素と相互作用してLUMOの準位が下がっていることが一因のよう。

2)二つのホウ素原子の酸化数は 0(ZERO)。これは世界初!

3)B≡B三重結合長は、1.449 Å。もちろん世界最短!化合物 2の二重結合長と比べ、6%程度短い。固体IR測定にてB≡B伸縮振動→1339cm-1

4)NHC-B-B-NHCは少し曲がっているが、ほぼ直線構造(173°)。

5)ホウ素NMRはそれぞれ1 = -4.8 ppm, 2 = 20 ppm, 3 = 39 ppm。配位数の低下に伴い低磁場シフトしている模様(炭素アセチレンのような環電流効果はみられないのでしょうか)。

6)炭素と異なり、二つのπ軌道は縮退していない

 

とまぁ、ざっくり特徴はこんな感じでしょうか。

また、論文中ではさらりと書いてありますが、13を混ぜることでも2が得られるという反応も、とても興味深い。

 

[その他の雑感]

(1)Robinsonはめちゃめちゃ惜しかった!
上述の通り、全く同じNHCを用いてB≡B化合物の合成に挑戦し、ジヒドロジボレンが得られることを2007年に報告していた[2a]。
如何に中間体(ホウ素ラジカル種?)が不安定か、その二量化過程が遅いか、と、そしてできてしまえばB-B結合はかなり安定であることを示していると思います。
(2)カルベンすげぇ(参照:過去のつぶやき)。
遷移金属錯体、有機触媒などいろんな分野で応用されていますが、あたらためて、カルベンの導入によって開かれた化学の多さに関心します。

(3)このグループはAuthorshipがいつもアルファベット順なので、実際はどの著者の手によって作られたのか解りません。そしてボスの頭文字は「B」。無敵![5]。
———————————————————————————————————-

NHC:→B相互作用に対応する分子軌道はもっとエネルギー準位の低いところにあることでしょう。この配位の強さが分子全体の安定化にどの程度効いているのか解りませんが、分子軌道を見る限り、三重結合に関与している二つのπ結合性軌道にカルベンからの作用はほとんどなし。
なので、カルベン以外の配位子でも、立体保護とある程度の配位力があれば、同様のアプローチでBB三重結合が合成できるかもしれません。実際、低温下マトリックス中では、OC:→B≡B←:COなる化合物が2002年に観測されています[6]。

いろんな配位子を持つBB三重結合だけではなく、中性化合物としてのAl≡Alや、B≡C、B≡Nを持つ化合物も近い将来間違いなく合成されることでしょう。

 

教科書が変わりますね。
この成果がヘテロ元素化学に与えるインパクトは、ものすごく大きいことと思います。

ホウ素、熱い!

 

関連文献

[1] Selected
(a) H. Klusik, A. Berndt, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1981, 20, 870. DOI: 10.1002/anie.198108701.
(b) A. Moezzi, R. A. Bartlett, P. P. Power, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1992, 31, 1082. DOI: 10.1002/anie.199210821.
(c) C.-W. Chiu, F.?P. Gabbaï, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 2007, 46, 6878. DOI: 10.1002/anie.200702299.
(d) C.-W. Chiu, F.?P. Gabbaï, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 2007, 46, 1723. DOI: 10.1002/anie.200604119.[2] Selected
(a) G. H. Robinson etal., J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 12412, DOI:10.1021/ja075932i.
(b) G. Bertrand etal., Science 2011, 333, 610, DOI: 10.1126/science.1207573.
(c) A. Berndt etal., Angew. Chem. 1988, 100, 956, DOI: 10.1002/ange.19881000712.
(d) A. Sekiguchi etal., J Am Chem Soc. 2006, 128, 422, DOI: 10.1021/ja0570741.

[3] (a) Y. Shoji, T. Matsuo, D. Hashizume, H. Fueno, K. Tanaka, K. Tamao, J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 8258, DOI: 10.1021/ja102913g.
(b) プレス記事
[4] Holger Braunschweig’s Group
[5] グループのサイトを見てみると、メンバー47人中頭文字がAもしくはBの研究者は7人のみ。Oh..
[6] M. Zhou et al., J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 12936. DOI: 10.1021/ja026257.

 

関連書籍

 

[amazonjs asin=”1244571288″ locale=”JP” title=”Articles on Organoboron Compounds, Including: Borabenzene, Borazine, Borole, 1,2-Dihydro-1,2-Azaborine, Borirane, Bortezomib, Boronic Acid, Phenylboro”][amazonjs asin=”1439826625″ locale=”JP” title=”Boron Science: New Technologies and Applications”]

関連記事

  1. 僕がケムステスタッフになった三つの理由
  2. 化学産業における規格の意義
  3. 生命が居住できる星の条件
  4. ヒドラジン
  5. アズワンが第一回ケムステVプレミアレクチャーに協賛しました
  6. 「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき?
  7. ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!
  8. 低い電位で多電子移動を引き起こす「ドミノレドックス反応」とは!?…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ワークアップの悪夢 反応後の後処理で困った場合の解決策
  2. 学問と創造―ノーベル賞化学者・野依良治博士
  3. 井上 将行 Masayuki Inoue
  4. アメリカへ博士号をとりにいく―理系大学院留学奮戦記
  5. 「水素水」健康効果うたう表示は問題 国民生活センターが業者に改善求める
  6. 有機銅アート試薬 Organocuprate
  7. 第44回―「N-ヘテロ環状カルベン錯体を用いる均一系触媒開発」Steve Nolan教授
  8. ラジカル重合の弱点を克服!精密重合とポリマーの高機能化を叶えるRAFT重合
  9. 不斉触媒研究論文引用回数、東大柴崎教授が世界1位
  10. 第107回―「ソフトマター表面の物理化学」Jacob Klein教授

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年6月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる

第640回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所・総合研究大学院大学(飯野グループ)原島崇徳さん…

マーフィー試薬 Marfey reagent

概要Marfey試薬(1-フルオロ-2,4-ジニトロフェニル-5-L-アラニンアミド、略称:FD…

UC Berkeley と Baker Hughes が提携して脱炭素材料研究所を設立

ポイント 今回新たに設立される研究所 Baker Hughes Institute for…

メトキシ基で転位をコントロール!Niduterpenoid Bの全合成

ナザロフ環化に続く二度の環拡大というカスケード反応により、多環式複雑天然物niduterpenoid…

金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお…

【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)

1.ウェビナー概要2025年2月26日から28日までの3日間にわたり開催される三…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー