爆発のあった2011/11/13から一夜あけた東ソー南陽事業所の様子。産経新聞より引用[1]
去る4月22日の日曜日、三井化学岩国大竹工場にて爆発事故が起こったことは皆さん記憶に新しいと思います。死者1名を出し、周辺住民にも被害が及びました。詳しい経緯はまだ明らかになっていませんが、接着剤やゴム製品の原料であるレゾルシノール(レゾルシン)製造工場にて爆発が起こったようです。いわゆるクメン法を用いて合成を行っているようですが、どの反応工程でなにが起こったのかは、三井化学の報告を待つ必要があります。
レゾルシノール。エポキシ樹脂などにも用いられる
ごく最近では、他にエア・ウォーターや東ソーといった企業でも、火災・爆発が起こって死者が出ています。そこで今回の記事では、東ソーの化学事故について取り上げ、明らかにされた原因から、事故防止のために何が必要なのか?を考えていきたいと思います。
化学プラント事故
化学、とりわけ合成化学に携わっている人間にとって実験とは危険との隣合わせといっていいでしょう。ラボレベルでも危険な反応は山ほどありますが、中和反応ですらトン(t)スケールで行うと反応熱の制御がバカにならないことは想像できるでしょうか。
前述の三井化学のレゾルシノールプラントでは年間7,600t、東ソーの塩ビモノマープラントでは事故を起こしたプラントだけで年間550,000tの製造を行っていました。ラボとは桁違いのスケールであることがおわかりいただけるかと思います。
東ソーの事故に関しては調査が完了[2]しており、詳細が明らかになっています。事業所再開の承認もつい最近なされており、来月には再開の見込みとのこと。きっかけは、たった一つの弁の不具合でした。
塩化ビニル/クロロエチレン
東ソーの塩ビモノマー第二プラントで爆発が起こったのは2011年11月13日、日曜日の午後でした。
塩ビモノマーとは塩化ビニルやクロロエチレンと呼ばれる次の式で表されるモノマーです。
これを重合させて得られるものが包装材や配管などに用いられるポリ塩化ビニル(PVC)となります。汎用性が高く、安価で高機能なため大変よく使われます。
ではそもそも塩化ビニルはどのようにして作られているのか?
工業的製法としては二工程を経て作られています。
1. オキシ塩素化反応(oxychlorination)
2CH2=CH2 + 4HCl + O2 → 2ClCH2CH2Cl + 2H2O
エチレンに酸素・塩化水素を反応させて水と1,2-ジクロロエタンを得ます。
触媒には主にCuCl2が用いられ、
1) 2CuCl2 + CH2=CH2 → CuCl + ClCH2CH2Cl
まずエチレンにCuCl2のClが付加し二価の銅が還元されて一価の銅と、1,2-ジクロロエタンが生じます。
2) 2CuCl + O2 → Cu2OCl2
酸素によって不安定な一価の銅は酸化されこのような組成の二価の銅が生成します。
3) Cu2OCl2 + 2HCl → 2CuCl2 + H2O
脱水反応を伴いながらCuCl2が再生します。このようなサイクルであると報告[3]されています。
2. クラッキング反応(cracking)
ClCH2CH2Cl → CH2=CHCl + HCl
熱分解を行い塩化水素を脱離させ、塩化ビニルを得ます。ここで生成する塩化水素を前工程で再利用できるため、経済的・環境にもよいとされています。
まとめると以下のような合成プロセスとなります。当然「副反応」や未反応物も生じるため、全てがこの理想のプロセスで回るわけではありません。今回の爆発事故はまさにこの「副反応」が原因で起こりました。
塩ビモノマー合成プロセス
プラント概略図
東ソーの塩ビモノマー第二プラントではこのような設備で製造を行っていました。
塩ビモノマー第二プラント概略図
前述のオキシ塩素化反応(A,B二系統)→洗浄/精製→クラッキング反応(A,B,C三系統)と進み、HClと塩化ビニル、未反応の1,2-ジクロロエタンを蒸留塔にて分離します。
HClを再利用し、下層から塩化ビニルと1,2-ジクロロエタンの混合物を取り出し、塩化ビニルは製品として、1,2-ジクロロエタンは再び前工程で使用されます。
1. 始まりは…バルブの誤作動
爆発事故の起こるおよそ12時間前、一つの異常が発生しました。二つあるオキシ塩素化反応系の一つにある、エチレン緊急放出弁が誤作動で全開放になってしまいました。弁を自動制御しているバルブポジショナ中のトルクモータコイルが、温度変化による接触不良を生じたためです。
その結果リサイクルエチレン圧が急低下
→それを補うためエチレンコンプレッサーに過負荷
→オキシ塩素化A系の安全装置が作動、停止
本来 A,B 2つの系で回している反応が突然一つだけになってしまいました。
2. 生産量急低下に伴って
HCl消費工程であるオキシ塩素化反応系の一つが停止したため、HCl発生原因のクラッキング反応A,B系を緊急停止
→HCl蒸留塔に送られる量が急激に減少
→HCl蒸留塔での組成が急変動、温調不十分になり再生HClに多量の塩化ビニルが混入
この際、組成変動を知らせるアラームが表示されていたものの見過ごされたようです。蒸留塔の温度管理が適切に行われなかったことで、HClと塩化ビニルが蒸留塔頂部で共存する状態を作りだしてしまいました。下図はHCl蒸留塔付近の詳細図です。
3. プラント全停止、その後
その結果、塩化ビニルを多量に含んだHClがオキシ塩素化反応B系に投入されることとなり
→量論比が崩れHClが不足、O2濃度が急上昇
→全プロセス完全停止
→HCl蒸留塔を通常の停止操作に基づき停止、塩化ビニル/HCl共存状態の還流槽(reflux tank)を完全閉鎖系に、一時受けタンクにも内容物を移送
異常な状態であることに気づかず、通常の停止操作を行い、還流槽を完全閉鎖系においてしまいました。冷却系を停止し、この後じわじわと還流槽内の温度・圧力が上昇していきます。
4. そして爆発へ
HCl蒸留塔から切り離した還流槽内の液量が通常よりも多いことも手伝って、タンク内に存在していたFeCl2の触媒作用により以下の反応が進行しました。
CH2=CHCl + HCl → CH3CHCl2
塩化ビニルの二重結合にHClが付加し、1,1-ジクロロエタンが生成するごく一般的な反応です。この反応が6時間ほどかけてゆっくりと、しかし確実に閉鎖系で進行し、蓄熱していきました。
この結果、反応はある時点を境に爆発的に進行し、温度・圧力が急上昇しタンクが破裂、なんらかの着火源により爆発を引き起こしました。
一時受けタンクでも同様の事象が発生し、爆発に至りました。また冷媒であるプロピレンにも延焼しさらなる爆発が生じたとされています。
まとめ
- 緊急放出弁の誤作動が発端
- 生産量の急低下に伴うHCl蒸留塔の温調異常→HClへの塩化ビニル混入
- HClと塩化ビニルの副反応を考慮に入れた停止操作マニュアルの欠如
などなど…が原因とされています。発端から12時間経過後の爆発事故であり、何度も「回避出来るチャンスがあった…」と報告書では綴られています。最後に、「体質改善を行うには相当の時間を要する…」と締めくくられていました。
今まで、東ソーの事故を追いかけてきましたがどうだったでしょうか?「実験室では関係ない」、そう思った方もいらっしゃったかもしれません。しかし、たった一つの異常がこのような大災害に繋がることがあるという意味でも、実験には細心の注意を払っておくにこしたことはありません。このような事故が生ずると、人的・物的被害はもちろんのこと、周辺住民からの理解も得られなくなり企業として立ち行かなくなります。そうなってしまうと商品が世に出まわらなくなり、供給が絶たれるおそれもあります。
反応が暴走しない、事故の起こらないようなシステムづくりを化学者たちは考えていかなければならない、それが責務だと考えています。
参考文献
- 産経新聞 http://sankei.jp.msn.com/economy/news/111114/biz11111411060000-n1.htm
- 東ソープレスリリース http://www.tosoh.co.jp/news/pdfs/20120409002.pdf
- http://www.esrf.eu/UsersAndScience/Publications/Highlights/2002/XASMS/XASMS2