反応を加速する、と言えば、触媒。思い通りの方向にだけ、反応を加速し、作りたいものを作る、というのが、触媒の上手な使い方です。
最近になって、表口か裏口か、くぼみへの進入方法によって、反応の生成物を作りかえる、ちょっと変わった触媒が作られています[1] 。リボザイムのくぼみに秘められた アクセル ワールドのからくりや いかに!?
Catalyser「もっと先へ……加速したくはないか、少年」
有機合成に用いる金属配位化合物から、天然の酵素タンパク質まで、望みの方向に反応を制御し、欲しいものだけを作り出したい場面で、触媒は活躍してきました。このうち、酵素タンパク質のような高分子の触媒は、それぞれ特有の立体構造を持ち、標的となる基質はちょうどくぼみに入り込んだかたちになります。くぼみへのくっつき方が決まっているからこそ、反応の生成物が決まったものになるのです。立体的な三次元のかたちが、物質の作り分けに重要なことは、酵素タンパク質が活躍する生合成だけではなく、フラスコの中で行われる化学合成でも同じです。
酵素タンパク質と同じく、触媒活性を持ったRNAを、リボザイムと呼びます。限定的ですが、リボザイムはわたしたちの細胞の中でも機能しています。リボザイムは天然のものが存在する一方、RNAのような核酸のなかまは、配列から立体構造を制御しやいため、ユニークな機能を持たせた人工のリボザイムがいくつも開発されています。リボザイムでも、立体構造のくぼみが重要になる点は同様です。
通常の入口とは異なる「バックドア」を持ったリボザイム
この記事で紹介するリボザイムは、ディールス・アルダー反応(Diels Alder reaction)の触媒活性を持ちます。天然物合成etc.で、立体制御下に環構築したい場合、第一に検討の候補にあがるアレです。
単純な基質の場合
ベンゼン環が3つ並んだアントラセンの一端に、かさたかい置換基を導入すると、表口からくぼみに入って、反応が進行します。かさたかい置換基による立体制御は、低分子の有機合成でもおなじみの方法です。
説明のため論文[1]を改変
ここからがRNAらしい面白いところ。目的のディールス・アルダー反応を仕込む前に、RNAに基質の一方を固定するというトリッキーな方法を適用します。RNAにしてみれば、基質で化学修飾されたかたちになります。表口とは異なるもう一方の小さな裏口の近くに基質を固定すると、基質は裏口からくぼみに入った向きとなり、反応が進行しました。そして、表口の場合とは別の立体化学を持ったまったく異なる物質が生成しました。
説明のため論文[1]を改変
この場合、リボザイムは後から切断できるので、順序よく反応を仕込めば、どちらの立体異性体も合成できます。手品のようなユニークな反応例でしたが、触媒の世界に未踏の可能性が感じられる話題でした。
参考文献
[1] バックドアから近づくことによりリボザイムの触媒反応で立体選択制御“Control of Stereoselectivity in an Enzymatic Reaction by Backdoor Access”
Richard Wombacher et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2006 DOI: 10.1002/anie.200503280 [2] 炭素間結合を触媒するディールスアルダーリボザイムの構造基盤
“Structural basis for Diels-Alder ribozyme-catalyzed carbon-carbon bond formation”
Alexander Serganov et al. Nature Structural and Molecular Biology 2005 DOI: 10.1038/nsmb906 [3] ディールズアルダーリボザイムの触媒活性を決める3つの水素結合
“Three critical hydrogen bonds determine the catalytic activity of the Diels–Alderase ribozyme”
Stefanie Kraut et al. Nucleic Acids Research 2012 DOI: 10.1093/nar/gkr812