フラーレン、カーボンナノチューブ、グラフェン、コラニュレン、ピレン、コロネン。有機化学者に限らず炭素が大好きな科学者の方なら、どれも一度は聞いたことがある化合物ではないでしょうか?これらの化合物はその特異な構造的・科学的特徴から様々な分野での応用が期待されている化合物群であり、次世代マテリアルサイエンスの中核をなす化合物群です。
しかしながら、これらの化合物の応用という話をするとき大きな障壁として、よく立ちはだかるのは量的供給をどうするかという問題です。実際、どんなに世の中の役に立つようなものでも必要量の供給が出来なければ、その恩恵を多くの人に届けることは難しいというのは事実です。
量を供給ができないために研究が進まないということもしばしば聞く話であり、分野の発展には避けては通れない道となります。モノ作りの匠と銘打つ合成化学者としては、この問題はその威信に賭けて解決すべき問題なのではないでしょうか。
そこで今回は、コラニュレンのキログラムスケールでの合成が可能になったという論文を紹介したいと思います!
Kilogram-Scale Production of CorannuleneAnna M Butterfield, Buruno Gilomen, and Jay S. SiegelOrg. Process. Res. Dev., Just Accepted. doi. 10.1021/op200387s
コラニュレンは20個の炭素を基本骨格に持ち、フラーレンの部分骨格として知られています。その歪みのあるユニークな骨格からピレンやナフタレンに代表されるような平面状の多環芳香族炭化水素(PAH)にはない特異な電気的性質を持つことが明らかになっており、その性質を活用したマテリアルサイエンスへの応用が期待される分子群です。
コラニュレンの初の合成は1966年にLawton and Barthらによって報告されています。大きな成果ではあるものの、このときの合成法は17 step, <1% yieldと量的供給という観点からは惨憺たるものでありました。(もちろん、合成そのものに意味があるので趣旨は異にしますが)
Scheme 1. First Synthesis of Corannulene
(Siegelらの論文から引用)
その後、1990年代になりScott(C60の全合成でも有名),Siegel(今回紹介する論文の著者)らによってそれぞれ独立にコラニュレンの合成が報告されています。ScottoらはFVPを反応条件に取り入れることで、歪んだ構造を構築するために必要なエネルギーをかせぐという戦略をとりました。
<span”>その後、彼らは購入可能なacenaphthenequinoneからわずか3行程での合成を達成し、グラムスケールで収率20~25%とこの分野に大きな飛躍をもたらします。(Scottらのこの合成以来、この分野に多くの研究者が参入することとなります)しかし、なお未だ反応条件が過酷であることによる、副反応の併発や官能基許容性の低さなどに問題を抱えている合成法でした。
Scheme 2. The Synrhesis of Corannulene from Scott Group
(Siegelらの論文から引用)
一方、Scottらの合成から遅れること1年、SiegelらもFVPを用いたコラニュレンの合成を達成しています。Siegelらは後の大量生産を視野にいれ、FVPを利用しない合成を目指し、先のコラニュレン合成から4年後、solution-phaseでの合成に成功します。その後、改良を重ね2006年にはようやくグラムスケールでのコラニュレン合成にも成功しました(8 step, total yield 7.4%)。
Scheme 3. The Synrhesis of Corannulene from Siegel Group
(Siegelらの論文から引用)
ここまでコラニュレンの各合成法について紹介しましたが、いずれの合成法も数gスケールの合成が限界で、その合成にかかるコストや用いる溶媒量などを加味すると、コラニュレンを「キログラムさらにはトンスケールで大量に生産する」という観点からは現実的なものではありませんでした。
このような背景において、Siegelらは今回、先の合成法を最適化することでコラニュレンのキログラムスケールでの合成を可能にしました。これによって、彼らは1.3kgのコラニュレンの単離に成功しています(8step, total yield 8.7%)!!収率は以前のものとあまり変わっていないかもしれませんが、キログラムスケールに対応できるようなきめ細かい最適化がなされています。論文の詳しい内容は長くなってしまうので、ここでは割愛しますが、主な変更点は以下のようです。
1. 高価もしくは毒性のある反応剤を可能な限り用いない(減らす)
2. 用いる溶媒量、total収率の改善
3, メカニズムベースの各ステップのファインチューニングによる反応条件の緩和
4. カラムクロマトの回避(以前の合成では4回のカラム精製を行っていた)
Scheme 4. The Kg-Scale Synrhesis of Corannulene
(Siegelらの論文から引用)
このような研究は、コラニュレンのような潜在的に有用な化合物の実用化のためには必要不可欠なものです。コラニュレン限らず、有用物質群の応用・進展を支える(進展させる)研究にもspotがあたることを期待します。この研究を機に試薬会社からコラニュレンが販売され、研究が飛躍的に進むかも?!しれませんね!!