[スポンサーリンク]

一般的な話題

窒素固定をめぐって-1

[スポンサーリンク]

Tshozoです。敬愛するHaberとBosch、Mittaschの画像に毎朝挨拶をしています変態です

前回の続き。Haber-Bosch法をめぐるお話を続けていきます。少々長くなりますが、お付き合いください。

前回までHaber-Bosch法(以下HB法)成立の詳細を、T. Hager著「The Alchemy of Air」をもとにお話ししました。今回は人類を含む生物がどのように窒素原子を得てきたかを「窒素固定」をキーワードに少々歴史を遡るところから始め、数回に分けて見ていきます。誤記、誤解などありましたらどうぞご指摘ください。

なお本件は 東京大学 故・溝部裕司教授による資料(“生産研究” P383,56巻5号,2004年)を参考に致しました。これは非常に素晴らしい資料ですのでご一読をお勧め致します。【注:一般にHB法とは高圧高温リアクタ以降のプロセスのことを指しますが、本文では天然ガス→アンモニアの全体プロセスのことをHB法とします、ご注意ください】

1.自然による窒素固定(前近代)

生物の中心的な食料である植物を育てるのには3大元素、窒素・リン・カリウムが必要で、窒素はその筆頭です。我々の遺伝情報を持つDNAはもちろん、構成要素の蛋白質・アミノ酸の分子内にも多く窒素原子が存在します。このおかげで植物は大きく育つことができます。では植物はどう窒素原子を得てきたのか。原料となる窒素分子は分極をしておらず、かつ極めて強い3重結合のために非常に安定な物質で、簡単に分解することはできません。

bondingenergy.jpg

窒素分子の各結合エネルギー(単位はkcal/mol)

工業的な開発以前にこれを使用可能な形態にするルートは2つあり、ひとつは放電(雷)による3重結合切断、もうひとつは窒素固定機能(Nitrogenase)を持つバクテリアによる3重結合切断のいずれかでした。前者では結果的に窒素酸化物になるため硝酸態窒素、後者では主にアンモニアになるためアンモニア態窒素と呼ばれます。

Nitrogenase-2

(各写真は音羽電気工業殿Smil教授殿資料より拝借しました)

 なお前者は、「雷の落ちた畑は作物の育ちが良い」という伝承にも合致しています。一方後者は窒素分子を分解してアンモニアへ変換する力を持ったバクテリアによるもので、主に大豆等の根に取り付いてます(驚くべきことにこの反応は常温常圧で行われています。これについてはまた別の機会に詳細をご展開します)。

2.工業的手法による窒素固定(近代以降)

上記の2つのルートでの窒素固定は不安定で、増え続ける人口を支えるには不十分でした。また、貴重な窒素肥料であった南米のグアノ(鳥糞)も、19世紀の末には枯渇を迎えていました。この問題を受けて英国王立化学会の会長であったWilliam Crooksは「食料危機回避のため、人工的な窒素固定の手法確立が急務である」との声明を1898年に発表。何とかして窒素分子を分解し使えるようにしようとあの手この手が繰り出されました。

Sir_William_Crookes_s

Sir William Crooks 写真はWikipedia(英語版)より引用

 その手法には大きく分けて3つの種類がありました。時代順に並べると

A.     放電法             B.     シアナミド法         C.     HB法

 となります。A, Bは今はほとんど使われていない技術なのですが、折角ですので詳細を見てみましょう。

A. 放電法

これは上記で述べた「雷」を人工的に起こして窒素酸化物を作ろう、というものです。最初に産業化したのはノルウェーのKristian Birkeland教授とSamuel Eydeという技術者です。リアクタの中に窒素ガスと酸素ガスと水(スチーム)を流し、そこに大電力をぶち込んで発生した放電(プラズマ)中で生成される窒素酸化物を追加酸化し、水でトラップして硝酸として取り出す、という手法です。

B-E

K. Birkeland(左)とS. Eyde(右)
Birkelandは日本で客死したという奇妙な縁がある

arc-internal.jpg

リアクタ断面はこんな感じ(左)で、電極間で放電(右)
放電部は数千度に達し、電極は半日に1回取替えだったそうです
(全て Yara International資料 @ 2005 Birkeland Conference から引用)

 通常こんなこと、凄まじい電力量が要るので実現出来ないはず。ですがノルウェーは昔も現在も水力発電が盛んで電力が廉価であるため、このプロセスが成り立ったわけです。なお余談ですがEydeとBirkelandは後のNorskHydro(今はStatoilHydroという北欧最大のエネルギー関連企業で、上記のYaraはその肥料部門が独立したものです・詳しくはこちら)の設立にも貢献しました。

B. シアナミド法

これはカルシウムの窒化物を作り、土中の水分で加水分解してアンモニアに近い構造のシアナミド(H2NCN)を得るものです。カルシウムカーバイド(CaC2)粉末をロータリーキルンという焼却炉のお化けのような炉の中に投入し、900~1,100度で窒素ガスと反応させて石灰窒素(CaCN2)を製造します。

caro_nikodem-k_s.jpg

Adolph Frank(左)とNikodem Caro(右) (こちらから引用)

rotary.jpg

ロータリーキルンの例(こちらから引用)
円筒部内に処理物を入れ、回転させながら加熱することができる

 これを最初に産業化したのはドイツの化学者Adolph Frankとロシア生まれの化学者Nikodem Caroです。HB法が完成するまではこの手法が主力となっていまして、日本ではHB法成立前に日本窒素肥料会社(後のチッソ)がこの技術の導入に取り組んだ時期がありました。

この製法、石灰窒素を加水分解して二酸化炭素を当てるだけでシアナミドが出来るので、素性は意外と良いんではという印象を受けます。しかし、加水分解したあとに出来るのは水酸化カルシウム(場合によっては炭酸カルシウム)で、そこからカーバイドに戻すのに結局えらくエネルギーを食うため、消費エネルギーは放電法に比べやや低い、という程度です。ただし石灰窒素は窒素供給源以外にも肥料として望ましい効果(除草効果等)を持つため、今でもごく少量ですが生産・供給されているようです(上記写真の引用先 Alz Chem等)。

C. HB法

ようやく真打、HB法の登場です。まずは全体像から。

HB reaction

HB scheme

反応フローチャート 図はドイツ語版Wikipediaより引用

 上図の左半分で不純物を取り除いた天然ガスから水素を取り出し、右半分でアンモニアを合成しています。主な流れは下記のようになっております。これを見るとわかるように、いかに高純度の水素を取り出すかが工業的に重要な課題であると言えます。ステップは下記4段階に分かれます。

1.一次リアクタ:CH4とH2O(スチーム)を反応させてH2を取り出す

2.二次リアクタ:O2を混ぜて未反応のCH4を燃焼させる(残っていると触媒被毒などの原因になる)

3.WGSリアクタ:COとH2O(スチーム)を反応させてH2を取り出す

4.HBリアクタ:ご存知、高温高圧リアクタ/N2とH2を反応させてアンモニアを取り出す

過去には原料に石油や石炭が使われていたこともありますが、現在の原料はほとんど低硫黄分で高純度化しやすく、炭素原子1個あたり水素を最も多く含む天然ガス(Natural Gas・以降NGとする)です。またHBリアクタのところは平衡反応ですので、基本的には圧力と温度さえ管理すれば水蒸気が水になるようにアンモニアを得ることができるという、全くもってスグレモノなプロセスです。これはまさにHaber, Tamaruらが開発しMittaschらが低コスト化に道筋をつけた触媒のおかげと言えます。この触媒が無ければ反応の活性化エネルギーは極めて高いまま、反応は極めて遅く収率は低いままだったでしょう。

BASFによる創生から100年近くを経た今、廃熱回収などの細かな工夫の積み重ねによって反応効率も理論限界に近づいており、放電法やシアナミド法に比べて消費エネルギーは圧倒的に低くなっています。しかしまだ開発の余地はあるようで、ドイツUhde(ThyssenKrupp傘下)やアメリカKBR(Halliburton傘下)、イタリアENI系列Saipem(Snamprogettiを併合)に加え日本の誇る三菱重工、川崎重工、日揮、千代田化工、東洋エンジニアリングなど、一流のプラントエンジニアリング会社が鎬を削っています。

蛇足ですがアンモニアプラントは尿素プラントなどと併設されることが多く、その総工費は規模によってはウン千億円になるそうで・・・もっとも最近は協業体制が出来ており、単独で受注ということはほとんどありませんが。いずれにせよ、HB法プラントは日産3000トンを超えるレベルのものも誕生し、今後ますます規模は大きくなっていくと考えられます。

Cunstructors

代表的なアンモニアプラントエンジアリング会社一覧(Uhde=ThyssenKrupp)

画像は各社HPより引用させていただきました

3300tdplant

Uhdeによる日産3300トンプラントの実例写真(こちらより引用)

 とりあえず、今回はここまで。次回は上記に述べた「効率」を中心に、さらに詳細に見ていくことにします。

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. ChemDraw for iPadを先取りレビュー!
  2. 研究室でDIY!~光反応装置をつくろう~
  3. 「日産化学」ってどんな会社?
  4. ケムステ海外研究記 まとめ【地域別/目的別】
  5. 電池材料粒子内部の高精細な可視化に成功~測定とデータ科学の連携~…
  6. 未来のノーベル化学賞候補者
  7. 有機反応を俯瞰する ー芳香族求電子置換反応 その 1
  8. 2014年ノーベル賞受賞者は誰に?ートムソン・ロイター引用栄誉賞…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ブレイズ反応 Blaise Reaction
  2. AJICAP-M: 位置選択的な抗体薬物複合体製造を可能にするトレースレス親和性ペプチド修飾技術
  3. ハリース オゾン分解 Harries Ozonolysis
  4. ブーボー/ボドロー・チチバビン アルデヒド合成 Bouveault/Bodroux-Chichibabin Aldehyde Synthesis
  5. 周期表の歴史を振り返る【周期表生誕 150 周年特別企画】
  6. ラジカルonボロンでフロンのクロロをロックオン
  7. 2011年日本化学会各賞発表-学会賞-
  8. アメリカで Ph.D. を取る -Visiting Weekend 参加報告 (前編)-
  9. コーリー・チャイコフスキー反応 Corey-Chaykovsky Reaction
  10. 知られざる有機合成のレアテク集

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP