またまた閑話休題です。今回は3M(旧Minnesota Mining Manufacturing)が公表しているプレゼンテーションをご紹介いたします。
どうも、Tshozoです。また飽きたので今回は窒素固定-2、の前に少々話題を変えて小ネタを。
今回は3Mの研究所ヘッドがNSF(詳しくはこちら)による産官学連携プログラムで発表したプレゼンをご紹介します。Post It やスコッチテープなど、ヒット商品群を継続して出す3Mがどう商品開発をしているのか? 化学者と言えども応用を考える方々なら興味があるのではと思い、取り上げることに致しました。(資料のリンクはこちら)
もちろん外から見た話なので、内情はもっと違うぞ、というご意見もおありと思います。しかし、やはり何か原理原則が無いとこれだけの大規模な会社がうまくやっていけるわけがありません。その原理原則のようなものが伝えられれば幸いです。
有名なPost-itとScotchテープ。
Scotchテープはノーベル賞を受賞したグラフェンの発見にも一役買った。
まず最初に3Mの粗いご紹介から。元々はMinnesota Mining Manufacturingという名前で、鉱山(Mine)から出る鉱石から研磨材を取出し、それをサンドペーパや研磨石として販売する小さな会社でした。そこで研磨剤を固定する粘着剤の開発に成功、更に耐水性粘着剤の上市に成功したのをはじめ、上記のスコッチテープ、一見関係の無さそうなフッ素化学を元にしたフッ素系樹脂、スコッチガードなど、化学品を元にした特徴あるヒット商品を継続的に上市しています。現在は光ファイバ、光学フィルムなどの光学材料、歯の詰め物などの医療材料、電子材料、コーティング材料にもその裾野をアメーバ状に広げています。日本だと日東電工さん(こちら)などがイメージに近いのではないでしょうか。
多層フィルムや光ファイバにもその活躍の場がある
お世話になることが多いImationも実はもともとは3M発!
で、今回紹介するのはその研究スタイルがどうなっているのか、ということです。
いつものように詳細は資料を見ていただくとして結論から言うと、「融通無碍」です。確かに化学に軸を置いた強い会社ではあるのですが、うどん屋/そば屋とかいうレッテルが非常に貼りにくい不思議な会社なのです。例えばDupont、Dow、BASF、ICI(いずれも色々と分社化されましたが)といった総合化学会社は基礎化学品~精密化学品を合成・供給する「合成屋」さんですが、3Mは歴史を見ても根幹となる基礎化学品は特には見当たりません(フッ素製品を除く)。無理やりレッテルを貼るなら、「化学商品開発屋」さんとでも言うのでしょうか。
ともかく例を見てみましょう。下はOHP(わからない若い人はこちら!)の開発から3Mがどのようにビジネスを展開してきたかの図です。文字が小さくて見にくい方は本資料をよくご覧ください。
OHPに係る商品群・これが極一例であることが驚き
”Technology Driven Business Building”とありますが、よくもまあこのような展開を進められるものです(資料のP16より引用)。自分がびっくりしたのは一番上のプリズムレンズからの多分野への展開です。自分も一応開発系に属する身ですが、これらを発案・企画できるとはとても思えません。
そしてこの商品展開を支えるのは下記の7つの要素と説明しています(一部筆者解釈を加えました)。
1.会社のビジョン、ビジネスモデルと結びついていること(Relation to Vision/Business Model)
2.企業文化のキーが何か認識していること(Key Element of Corporate Culture)
3.多数のテクノロジーをすぐ適用できること(Ready Access to Multiple Technologies)
4.研究フェーズ~プロセスまでの情報を共有出来る場があること(Networking)
5.従業員の能力を活かすこと(An Individual Expectation)
6.評価基準が明確であること(Measurement Accountability)
7.顧客ニーズと結びついていること(Connected to Customer Need)
この中で特に3Mの特長と言えるのが3・4、7だと思います。2と5も特長ではあるのですがマネジメント論になるので割愛し、まず3・4を見てみましょう。
3・4は上で挙げた「融通無碍」を支えるシステムとも言えます。3Mが持つ技術領域は一般の人が考えるよりも凄まじく広く、下記の図にあるように素材、加工、アプリケーション含めて45個もの領域に広がっています(こっちでも見れます)。これを縦横無尽に使って顧客のニーズを満たしているのです。
3Mのテクノロジー(プロセス)プラットフォームを示す図
実際液晶画面に使用されている多層フィルムのうちこちら(GPOフィルム論文・2000年・Science掲載)はこの情報/プロセスネットワークの中で見つけたフラッシュランプ接着という表面接着技術が使われています。この多層フィルム、なんと製品では100nmの厚みに1000層(!!!)のフィルムを積層するという常識を覆すようなもので、多数の液晶製品に使用されているということです。材料としては(表向き)PMMAとポリエステル-ポリエチレンナフタレートの共重合体という、比較的ありがちな材料の組み合わせなのですが、材料を使いこなす仕組みがあってこそ実現することもあるのだと認識させられる事項です。
そして、7です。これに関してはまず一つ例をあげましょう。ニーズをつかむことの重要性について、ハーバードビジネススクール名誉教授であったT.Levitt教授が馬車から自動車への移動手段の変遷に関する産業構造の変化について下記のように述べています。
●「馬車が車にとって変わられたとき、馬車用の鞭を作っていた業者は生き残れなかった。これは顧客のニーズを『馬の尻を叩くこと』と捉えていたためである」
●「ニーズは『叩くこと』ではなく『動力』であったのだ。これを契機として『動力』を伝達する駆動ベルトなどの商品への適用、商品開発を図っていかなければならなかったのである」
これは上に挙げたOHPの例を見てもよく分かると思います。OHP(ニーズ)が無くなるであろうことを予想し、得た材料や加工技術を活かして商品開発を進めていった例からもわかるように、3M社はこのニーズの変化に追随することに成功している稀有な会社と言えるでしょう。これは前回Whitesides教授の寄稿文紹介でも触れた「社会が言ってくるケチと正面から向き合う」ということと等しい、とも解釈できます。
もちろん、どんな会社にも裏表はありますから本プレゼン資料で書かれていないことも山ほどあるでしょう。しかし原理原則が一貫しており、役員・社員がそれを実行しようとしている会社は優れた会社だと思います。
残念ながら自分は化学の面白さを就職してしばらくしてから知ったため、今更道を変えることはかないませんが、未来ある学生諸君には是非3M社に興味を持ってもらいたいです。3M社の歴史と哲学を学生時代に知っていたら、そして化学を面白いと思っていたら、きっと努力して是非とも入ろうとしただろうなあと感じる魅力のある会社だと思います。
蛇足ですが、スライドの最後には
「Innovation is not accident」
という言葉があります。解釈や捉え方は十人十色でしょうが、この資料を見てくると大きな意味を持つと思います。
ということで今回はここまで。機会があればBASFのマネジメントスタイルについても取り上げる予定です。