今年のセンター試験は制度変更に伴い少し混乱があったようですが、受験生のみなさんはほっと一息ともいかず本番の大学入試までもう少しということで最後の追い込み中だと思います。
しかし、中学受験をする小学生は一足早くただいま試験期間真っ只中です。という訳で、難関と言われる中学入試の理科の問題、中でもどんな化学の問題が出題されているのか気になったので少し調べてみました。
小学校の教育ではおおざっぱに“理科”として括られているので、あまり化学というのを意識していないかもしれません。筆者は当時としては少し珍しかった中学受験組だったのですが、恥ずかしながら塾でどんな理科を習ったのかもすっかり忘却の彼方です。中学受験の現状に関する知識は皆無だったのですが、調べてみると筆者が中学生だった時代には無かった中学が上位校にあったりして驚きます。
では難関と呼ばれる中学入試でどんな化学の問題が出題されているか見てみましょう。様々な中学があり、調べた範囲で大変面白い問題を出されている学校もあり、たくさん紹介したいのですが、今回は東西の横綱とも言うべき中学を紹介したいと思います。まずは東の横綱開成中学校から。素直な良問ばかりですのでみなさんもぜひ解いてみて下さい。
キュリー夫人は,1911年ノーベル化学賞を受賞しました。昨年は,キュリー夫人 のノーベル化学賞受賞から100年目にあたりました。2008年末に聞かれた国際連合総会で,記念すべき2011年を「世界化学年」とすることになり,世界各国で実験教室など,いろいろな化学に関する普及活動が行われました。化学は理科の中でも,ものの性質やものが別のものに変化することなどを調べる学問です。ここでは,金属が別のものに変化することを調べ,化学の世界をのぞいてみましょう。
問1 キュリー夫人は,1903年に放射能の研究でも,ノーペル賞を受賞しています。このノーベル賞は,どの部門で受賞したのでしょうか。次のア~エの中から1つ選び,記号で答えなさい。
ア 生理学・医学賞 イ 物理学賞 ウ 経済学賞 エ 平和賞
次の実験1について,問2~問7に答えなさい。
実験1 うすい塩酸にアルミニウムを入れると,はげしくあわを出してとけます。このあわは (ア) という気体です。6個の三角フラスコに,それぞれ同じ濃さの塩酸 40mLをとりました。これらに,重さの異なるアルミニウムを入れたところ,出てきた気体の体積は,同じ温度,同じ圧力で測ると,下の表のようになりました。
アルミニウムの重さ[g] 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 気体の体積[mL] 134 (イ) 402 480 480 480 問2 (ア)に入る気体の名前を書きなさい。
問3 (イ)に入る気体の体積は,何mLですか。
問4 0.3gの重さのアルミニウムを,実験1と同じ濃さの塩酸20mLをとった三角フラスコに入れました。出てくる気体の体積は,何mLと予想できますか。
間5 0.4gの重さのアルミニウムを,実験1と同じ濃さの塩酸60mLをとった三角フラスコに入れました。出てくる気体の体積は,何mLと予想できますか。
間6 うすい塩酸にアルミニウムがとけた水よう液をろ過しました。ろ過した液を,少量蒸発皿にとり,アルコールランプで然して,液をすべて蒸発させたところ,固体が出てきました。出てきた固体がアルミニウムとは異なるものであることを調べるために,次のア~エの実験を思いつきました。実験結果がアルミニウムと同じになってしまうのは,どの実験でしょうか。次のア~エの中から1つ選び,記号で答えなさい。
ア 出てきた固体に,うすい塩酸を注ぎ,気体を出してとけるかどうかを調べる。
イ 出てきた固体に,水を注ぎ,とけるかどうかを調べる。
ウ 出てきた固体が磁石につくかどうかを調べる。
エ 出てきた固体が電気を通すかどうかを調べる。
問7 実験は,安全に注意して行います。実験1を行うときの注意として,正しいものを,次のア~エの中から1つ選び,記号で答えなさい。
ア 水よう液はうすい塩酸だけなので,とくに保護めがねはつけなくてもよい。
イ うすい塩酸が手についたら,すぐに水道水でしぱらくの間洗い流す。
ウ うすい塩酸が手についたら,すぐに水酸化ナトリウム水よう液で洗う。
エ 発生した気体は燃えることはないので,近くで火を使ってもかまわない。
平成24年度開成中学入学試験 理科より抜粋(問題文一部訂正済み)
まず、キュリー夫人と世界化学年についての紹介なんて憎いですねえ。さらっとキュリー夫人が二回ノーベル賞を取っているという紹介から入るなんて、筆者だったらこれだけで興奮しちゃいます。
問題の形式としては、ある実験を通して物質の性質や化学反応を問うたり、物質の量について考えさせる問題となっています。発生する気体の体積が比例していることに気付くかどうかが一つのポイントです。これはボイルーシャルルの法則を暗示しています。最後に、実験の安全に関する一般常識で締めるところも憎いです。勝手な想像ですが、この問題の作者は化学を相当愛しているものとみました。
続いては西の横綱灘中学校です。記載していませんがもう一問化学の問題があります。こちらは偶然にも開成中学校と同じく酸、アルカリにアルミニウムを溶かす実験からの出題です。ただしこちらは基本的には中和反応の計算問題となっています。
薬品としてのミョウバンにはA,Bの2種類があり,Aは自色粉末で,Bは小さな正ハ面体(右図)の結晶(粒) の集まりです。
100gのBを焼くと結晶がくずれて水蒸気が発生し,54gのAになります。これらのことから,正ハ面体の結晶はAと水とが組み合わさってできていることがわかります。したがって,水にBを溶かすと,その中のAと水の両方を加えたことになり,逆に,水溶液から結晶Bができるときは,水溶液中のAだけでなく水も減ることになります。
60°Cで水にAまたはBを入れてよくかき混ぜ、いくら混ぜても溶け残りがあるときの水溶液は「ミョウバンの60°Cにおける飽和水溶液」とよばれ,水100gあたりに25gのAが溶けています。その飽和水溶液の100cm3をとり,重さをはかると115gでした。同じことを20°Cで行うと, 水100gあたりに6gのAが溶けている飽和水溶液ができ,その100cm3の重さは104gでした。
次の問いに答えなさい。
問1 100cm3の60°Cの飽和水溶液は、次の①,②のようにしても作れます。①,②のa~dにあてはまる数を求めなさい。ただし,割り切れないときは小数第1位を四捨五入しなさい。
① ( a )gの水に( b )gのAを溶かす。② ( c )gの水に( d )gのBを溶かす。
問2 100cm3の60°Cの飽和水溶液を冷やし、20°Cに長時間たもつと結晶Bができました。その重さを e gとすると、残っている飽和水溶液の重さは( a – e X あ )g, Aの重さは( b – e X い )g と表せます。ただし、問1と問2のaとbは、それぞれ同じ値を表します。
(1) あ,い にあてはまる数を少数第2位までかきなさい。
(2) eにあてはまる数を,小数第1位を四捨五入して求めなさい。
(3) このとき,20°Cの飽和水溶液は何cm3残っていますか。小数第1位を四捨五入して求めなさい。
平成24年度灘中学入学試験 理科より抜粋(図は省略)
記載の問題も基本的には計算問題です。問題にはミョウバンの正八面体の図が目立って記載されているのですが、それに関する出題はなく、また物質の性質を問うというよりも、計算問題となっています。この問題はそのままセンター試験や、大学入試に出されても成立する、レベルの高い問題だと思います。こんなレベルの問題を解かなければいけないとは灘中学の受験生はさぞ大変だろうと思います。言い換えれば、灘中学は既にそのレベルの学生を集め、基礎的なことではなく、もっと高度な化学の教育を入学後に保証するという意思表示なのかもしれません。脱帽です。
ある大学教授の先生とお話した際、入試問題の作成委員は楽しいと仰っておられました。失礼ながら正直あまり几帳面な先生ではなかったので、問題作成なんて面倒だと言いそうで意外だったのですが、先生曰く、入試問題とは即ち、こんな問題が解ける学生に入学してきて欲しいという意思表示の場なのだとのことでした。
今回は紹介しきれませんでしたが、その他にも筑波大学付属駒場中学校は物質の性質と物質量の問題を用意していてバランスがいいなあという印象。またファラデーのろうそくの科学を題材に取り入れていた問題を出題した武蔵中学校では何故だと思うかという問題がたくさんあり、受験生の考える力を問うていて筆者は個人的に好きです。麻布中学校の問題にはタイムリーな話題とも言える放射性物質を含む水を題材にした問題があり、大変凝った問題で出題者の熱意が伝わってきました。
いずれにしても小学生がこんな問題とけるのかあと関心させられるばかりです。頑張れ未来の化学者たちよ!
中学入試は高校、大学とステップアップする為の最初の難関と言えます。そこまで求めるのは酷かもしれませんが、ぜひとも化学の面白さを伝え、化学が大好きな小学生を育ててくれるような入試問題を”難関中学”と呼ばれる中学校の理科の先生にはぜひとも作っていただきたいものです。物理、生物、地学とありますが、ぜひとも”化学推し”でお願いします。
- 関連書籍