[スポンサーリンク]

一般的な話題

反応探索にDNAナノテクノロジーが挑む

[スポンサーリンク]

 

 

流行りのDNAナノテクノロジーから、分かりやすそうで化学合成の観点から興味深いものをひとつ紹介します。

まったく新たな反応法の開発は、ほとんど偶然にもとづいていて、その内容もかたよっていました。例えば、全合成の何かを作る過程で、たまたま気づいた副反応が、やがてブレークスルーになる、などなど。しかし、「まさかその組み合わせで!?」のまさかを、もっと系統だった方法で探し出せないものでしょうか。

あふぅ……疲れるのとか好きじゃないから楽ちんな感じで反応が探索できたらいいなって思うな …… 

遺伝子操作をはじめ分子生物学勃興のいしずえを築いたDNAの活躍は、細胞から外へ出て、フラスコの中に場所を移してもまだまだ続いています。DNAコンピューターDNAオリガミをはじめ、DNAの化学性質にもとづく小さな小さな部品や構造は、化学合成しやすく使い勝手のよいDNAらしさを生かした工夫であふれています。

共有結合を交わさなくてもいい、水素結合を交わしてそばにいるだけでいい。そんなDNAは、配列にもとづいて相補な鎖を認識しあい、自律して対になっていきます。

 

分子内反応は分子間反応よりも起こりやすい

有機化合物の合成研究において、分子内反応は立体障害がなければ分子間反応よりも起きやすいことは、数ある鉄則のひとつと言ってもよいでしょう。互いに反応しあう原子団が近くに位置することが、この一因です。

同様に、DNAの鎖と鎖が水素結合を交わすことで、お互いの原子団が近づけば、期待通りに反応が進行しやすくなるはずです。そして、たとえ微量で反応を仕込んでも、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction; PCR)で増幅が可能なDNAならば検出できます。これらが今回[1]紹介する反応探索法のキーポイントです。

 

舞台装置は、反応しそうな怪しい原子団配列を設計したDNAビオチンジスルフィドです。反応しそうな怪しい原子団は、アルキンとか、アルケンとか、ヨードベンゼンとか、フェニルホウ酸みたいなものが10数種類、試しに選ばれました。配列を設計したDNAは、どのDNA鎖にどの原子団をつけたのか区別できるように、そして期待する組と結合するように、デザインします。ビオチンは抽出の親和標識のために、ジスルフィドは還元剤を加えチオールに分解することで余計な部分を切り落とすためにかませてあり、反応した組のDNAと、反応しなかった組の DNAを分画できます。

 

GREEN0172.PNG

 

方法を順に説明すると、まず必要なものを化学合成します。そして、いろいろつけたDNAをごちゃまぜに混合します。そして、DNAが相補な鎖を認識して近づくような温度で反応させます。このとき、パラジウムなどの金属塩を加えて、いろいろな条件を試せます。反応後、還元剤を加えてジスルフィド結合を切断し、ビオチンを認識するアビジンという物質で反応生成物を釣ってきます。すると、反応した場合にのみDNAが手元に残ります。

微量しかない反応生成物をどうハイスループットに検出するかが、次のポイントとなります。ここで、登場するのが、従来は遺伝子産物の挙動を、ゲノムの遺伝子すべてを網羅して調べるために使われてきたDNAマイクロアレイのチップです。このチップは簡単に言うと、ガラス版にDNAオリゴヌクレオチド(断片)を印刷したものです。分画したサンプルDNAをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で増幅した後、このチップの上へ蛍光色素とともにハイブリダイズ(分子交雑・塩基対形成)させます。

 

GREEN0173.PNG

緑色が陽性・論文[1]より転載

 

そして、新たに見つかったアルキンアルケンの反応。スケールをあげて反応生成物を分析したところ、次のような反応が起こっていたようです。DNAがくっついていなくても、十分な条件が揃えばアルキンとアルケンの反応は進みます。条件を検討することで収率は90パーセント以上までいったそうです。

 

GREEN0174.PNG

アルキンとアルケンの反応で炭素間結合

このようにDNAで2つの原子団を近接させて反応を操る手法は、いろいろな方面に適用され、ユニークで新規な方法論として注目されています。例えば、大環状化合物のDNAで雛形化された化学合成[2]。あるいは、リボソームを模倣したDNAソーム(DNA based ribosome mimetic system; DNAsome)というシステムによる非標準アミノ酸ペプチドの化学合成[3]、などなど。

DNAだけが使えるテクニックで、まだまだ可能性は広がりそうです。共有結合のくびきでつながれなくてもいい、水素結合でそばにいるだけでいい。壊れるくらいに抱きしめて DNAが交わる先に、あなたは何色の未来を描きますか?

 

参考論文

  1. Reaction discovery enabled by DNA-templated synthesis and in vitro selection.” Matthew Kanan et al. Nature 2004 DOI: 10.1038/nature02920
  2. DNA-Templated Organic Synthesis and Selection of a Library of Macrocycles.” Zev J. Gartner et al. Science 2004 DOI: 10.1126/science.1102629
  3. Autonomous multistep organic synthesis in a single isothermal solution mediated by a DNA walker.” Yu He et al. Nature Nanotechnology 2010 DOI: 10.1038/nnano.2010.190

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4000074938″ locale=”JP” title=”DNAロボット―生命のしかけで創る分子機械 (岩波科学ライブラリー)”][amazonjs asin=”4759810684″ locale=”JP” title=”人名反応に学ぶ有機合成戦略”]

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. だれが原子を見たか【夏休み企画: 理系学生の読書感想文】
  2. SFTSのはなし ~マダニとその最新情報 前編~
  3. 免疫の生化学 (1) 2018年ノーベル医学賞解説
  4. キムワイプLINEスタンプを使ってみよう!
  5. 偏光依存赤外分光でMOF薄膜の配向を明らかに! ~X線を使わない…
  6. Illustrated Guide to Home Chemis…
  7. 三核ホウ素触媒の創製からクリーンなアミド合成を実現
  8. 2つの触媒と光エネルギーで未踏の化学反応を実現: 芳香族化合物の…

注目情報

ピックアップ記事

  1. NICT、非揮発性分子を高真空中に分子ビームとして取り出す手法を開発
  2. インフルエンザ治療薬と記事まとめ
  3. 祝!明治日本の産業革命遺産 世界遺産登録
  4. 有機合成のための新触媒反応101
  5. 電流励起による“選択的”三重項励起状態の生成!
  6. カルボン酸だけを触媒的にエノラート化する
  7. リロイ・フッド Leroy E. Hood
  8. 銅触媒と可視光が促進させる不斉四置換炭素構築型C-Nカップリング反応
  9. ナノチューブを引き裂け! ~物理的な意味で~
  10. 金属原子のみでできたサンドイッチ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年2月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
272829  

注目情報

最新記事

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー