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地球温暖化が食物連鎖に影響 – 生態化学量論の視点から

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うわー、タイトルで閲覧者数、減りそう(苦笑)。それでも、この言葉を紹介したかったんです……生態化学量論(ecological stoichiometry)。気になった方は続きをぜひチェック、です。

読者層からして、口には出さなくても心では「生態学?なんか怪しい学問だなw」と思っている方が少なくなさそうなため、生態学について少し長めの導入部にお付き合いください。

ロジカルに考える生態学

どのレベルで説明を試みるのか、因果関係を説明するロジックには、いくつかの階層が存在します。土壌水圏などの物理化学環境を舞台装置とし、役者として種々の生き物がどう演じるか予測するためには、ミクロの世界に固執して単に「物質Aが物質Bに作用すると物質Cができて……」というロジックだけだと、非現実的な机上の空論になりがちです。かのバタフライ効果よろしく、「さなぎの段階で昆虫ホルモンが作用して蝶の羽は発生し……地球の反対側で台風が起きる」などと主張しても、なんのことやらさっぱりです。

そのため、生態系(ecosystem)のようにマクロな対象を扱う場合「種の繁栄のために生き物がどのように振る舞うと適応度の観点から得であるか」が、ひとつの重要なロジックになります。この条件は、数式の上に乗せることも可能です。端的に言うと、自分の遺伝子を持った次世代をどうたくさん残すか、ゲーム理論のように戦略を条件式に書きかえていくわけです。

生態化学量論では「食物連鎖と環境循環のシステムの中で有限な栄養分を生き物がどう要求しどう消費するか」のロジックが、さらに追加で登場します。食べられようが、引っこ抜かれようが、炭素1モルは1モル、窒素1モルは1モル、物質量は保存されたままです。ようは中学時代から理科の教科書でおなじみ、ラボアジエ質量保存の法則が、もとになっているわけです。

ふぅ。やっとそれっぽいところまで書けました。とは言え、最適摂餌理論とか数式なしで書いてもつまらないし、とりあえずここらで切り上げ、いつもどおり論文[1],[2]紹介に戻りたいと思います。

窒素か炭素かその生態化学量論が問題だ

人類の活動によって、大気中の二酸化炭素濃度が高まり、温室効果で地球の気候に影響を与えている、ということは、今となってはほとんど確実なものとされ、学術だけなく、政治や経済界へも対応がもとめられています。人類としては社会への負担をなるべく軽減するため、何をどこまですればいいのか、なるべく正確に将来を予測したいところです。しかし、二酸化炭素を始めとする温室効果ガスの増加が、ただ地球温暖化を引き起こすだけで終わるか、他に影響を与えまいか、というと、物事はそう単純ではありません。しかし、懸念はあっても、実際にどうなるか予測するために必要な知見は、非常に限られています。

フィールドワークも大切ですが、サイエンスとして、再現性ある室内での実験もまた重要です。今回[1]紹介する論文で、実験の材料として登場する生き物は、動物プランクトンのミジンコ(Daphnia pulicaria )と、植物プランクトンのイカダモのなかま(Scenedesmus sp.)であり、条件を制御してフラスコの中で培養し経過を観察しています。

一般に、二酸化炭素の濃度は光合成の効率を決める重要な因子です。わたしたちの身近に生えている植物でさえ、昼間、太陽の日差しが最も強くなる頃は、二酸化炭素の供給が追い付かないため、光合成の反応を空回りさせ、強すぎる光に対処しています。案の定、フラスコの中で藻類は、二酸化炭素高濃度環境では、光合成が上手く回るため、より活発に増殖しました

面白いのはここからです。では、藻類が十分に増殖するようにして、ミジンコもフラスコに入れて培養したらどうなるでしょうか。驚いたことに、二酸化炭素高濃度環境で藻類を育てた場合、食べきれないほど十分な藻類がフラスコの中にあっても、ミジンコの成長スピードがダウンして遅くなってしまいました

そこで、植物プランクトンの元素比を調べたところ、二酸化炭素高濃度環境で育った場合、炭素の割合が多く、リンの割合が少ないことが判明しました。この化学量論関係が、謎解きのとっかかりとふんで、フラスコに通常よりも多いリン酸を加えて培養した藻類をミジンコに与えたところ、ただ二酸化炭素高濃度環境で藻類を育てた場合よりも、ミジンコの成長スピードが元通りにアップしました。ちなみに、ルビスコという酵素のため窒素が光合成で大量に必要なことを思い出せば予想できるように、窒素の量はあまりミジンコに与える影響の決め手ではなかったようです。

以上の結果から、二酸化炭素濃度が上がると、植物が取り込む炭素源と栄養塩の割合が変化し、それを食べて育つ動物がのびのびと成長しにくくなる、といった趣旨の結論が導かれます。

では、この影響に打つ手はないのでしょうか。実はあります。

 

チョウの幼虫が限られた種類の食草だけを餌とするのに対し、ミジンコは植物プランクトンならばだいぶいろいろな種類のものを食べます。これをふまえて、緑藻であるイカダモに加えて、ケイ藻のなかま(Cyclotella sp.)とラン藻のなかま(Synechococcus sp.)を培養して、いっしょにミジンコに与える実験[2]が行われました。すると、3種類の藻類を混合して与えた場合、ミジンコの成長が改善されたのです

「うどんに飽きたならば大根おろしと天ぷらも食べればいいじゃない」

栄養塩組成の変化を是正するようにミジンコが食習慣を変えたとか、食のレパートリーが増えてミジンコの食欲が増したとか、いくつかの原因がからみあっての結果でしょうが、種の多様さを保全することが、二酸化炭素増加の影響を緩和するようです。

面白い、もっと深めたいと思ったあなた、物質の流れを条件式にした数理モデルを、さらに勉強してみてはいかがでしょう。「生き物を扱うと特例しかない?」……いえロジックは普遍なものですよ。

参考論文

  1. “Stoichiometric impacts of increased carbon dioxide on a planktonic herbivore” Urabe Jotaro et al. Global Change Biology 2003 DOI: 10.1046/j.1365-2486.2003.00634.x
  2. “Mitigation of adverse effects of rising CO2 on a planktonic herbivore by mixed algal diets” Urabe Jotaro et al. Global Change Biology 2009  DOI: 10.1111/j.1365-2486.2008.01720.x

関連書籍

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