アマバジンは特定の酸化還元反応だけを触媒する
金属元素のひとつバナジウムの元素記号は「V」。周期表では第5族の位置にあります。5のギリシャ数字も、バナジウムの元素記号も、似たような形の文字で、面白い偶然の一致です。このバナジウムは、材料化学の分野でも面白い話題がたくさんあるものの、今回は天然物化学の分野からアマバジンと呼ばれる物質を紹介します。
実は、酵素でもないのに相手を認識して、酸化還元反応を触媒するとか、しないとか。
アマバジン(amavadin)は、天然に存在するバナジウム化合物です。バナジウム含有量から示唆されるところによれば、キノコのなかまのうち、ほぼベニテングダケ(Amanita muscaria )だけで、アマバジンは見られます[6]。アマバジンの構造式の中央で美しく輝く「V」の文字が、先ほど確認したバナジウムの元素記号です。
テングタケ属4種キノコのバナジウム含有量[6]
ベニテングダケ自体は鮮やかな赤色をしているものの、精製したアマバジンは淡い青色(pale blue)をしています[1]。バナジウム原子があると核磁気共鳴が安易に使えないため、構造決定は一筋縄ではいかず、苦労のほどがしのばれます[1],[2]。最終的には、結晶構造解析で、立体構造を含め確定しました[5]。
アマバジンはベニテングダケの有毒成分ではない
ベニテングダケと言えば、ザ・毒キノコの名をほしいままにせんばかりの典型的なビジュアルをしており、鮮やかな赤色のかさに、イボ状で白色の斑点があります。赤い帽子をかぶった史上最も有名なゲームキャラクターとされるマリオの好物と思われるスーパーキノコのデザインも、このキノコが由来になっているようです。
毒キノコから抽出された成分なのだから、アマバジンもきっと猛毒なのだろうと思いたくなります。しかし、そうではありません。なぜならばアマバジンとは別に強力な有毒成分が含まれており、アマバジンにはほとんど毒がないからです。
ベニテングダケの毒素はイボテン酸、乾燥するとできるムッシモールです。そしてムスカリンなどいくつかのアルカロイドも含まれています。ベニテングダケの中毒症状はもっぱらこれらの毒素によるもので、アマバジンの含有量では直ちに影響があるとは考えられません。一年間、毒抜きしたベニテングダケを食べ続ければ、アマバジンでバナジウム過剰になる計算ですケド。
旨味成分のようでも猛毒
ベニテングダケは有毒だが、アマバジンが原因成分というわけではない。だとしたら、いったいなぜアマバジンが含まれているのでしょうか。
アマバジンて何をしているの?
アマバジンが硫黄化合物の酸化還元反応に関わっているらしいということは、化学合成の方法[2]が確立してすぐに報告[3]されています。ひとの手で合成できるようになったからこそ、実験が可能になって判明した内容です。さらに、アマバジンとほとんど同じような構造をしているものの、大量合成しやすいように少しだけ構造が異なるバナジウム化合物を用いた実験で分かったところによると、どうやらアマバジンはまるで酵素のように基質を認識しているらしいとのことです[4]。
アマバジンはカルボキシル基(-COOH)を持つチオールでだけジスルフィドに変換する反応を触媒
アマバジンのモデル化合物を使った実験[4]によると、システイン・メルカプト酢酸・メルカプトプロピオン酸・グルタチオンなどカルボキシル基を持つチオールを酸化してジスルフィドに変換する反応を触媒したとのこと。これに対して、アミノエタンチオール・プロパンチオール・プロパンジチオールなどのカルボキシル基を持たないチオールではほとんど反応が進みませんでした。
アマバジンとモデル化合物の構造
量子力学にもとづく理論計算によれば[7]、どうも基質のカルボキシル基がアマバジンと相互作用してから硫黄原子間結合ができるようです。カルボキシル基の有無を認識ねぇ~。だからなんだと、謎は深まるばかりですが、アマバジンの生理機能がどうしても気になるどなたか、ベニテングダケの大量栽培あたりから手をつけてみてはいかがでしょう。
参考論文
[1] “Determination of the Structure of the Vanadium Compound, Amavadine, from Fly Agaric.” Kneifel et al. Angew. Chem. Int. Ed. 1973 DOI: 10.1002/anie.197305081 [2] “Stereochemistry and Total Synthesis of Amavadin, the Naturally Occurring Vanadium Compound of Amanita muscaria.” Kneifel et al. J. Am. Chem. Soc. 1986 DOI: 10.1021/ja00271a043 [3] “The electrochemistry of amavadine, a vanadium natural product.” Nawi et al. Inorganica Chimica Acta. 1987 DOI: 10.1016/S0020-1693(00)85559-0 [4] “Evidence for a Michaelis-Menten Type Mechanism in the Electrocatalytic Oxidation of Mercaptopropionic Acid by an Amavadine Model.” Silva et al. J. Am. Chem. Soc. 1996 DOI: 10.1021/ja9607042 [5] “The Structural Characterization of Amavadin.” Berry et al. Angew. Chem. Int, Ed. 1999 DOI: 10.1002/(SICI)1521-3773(19990315) [6] “Mineral composition of basidiomes of Amanita species.” Vetter J et al. Mycycol. Res. 2009 DOI: 10.1017/S0953756205002455 [7] “DFT characterization of key intermediates in thiols oxidation catalyzed by amavadin.” Bertini L et al. Dalton Trans. 2011 DOI: 10.1039/c1dt10103j
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