オーキシン・ジベレリン・アブシシン酸・ジャスモン酸・エチレン・ブラシノステロイド・サイトカイニンといったように、植物の成長を調節する低分子化合物が、いくつか知られています。これら植物ホルモンの受容体タンパク質は、シロイヌナズナのゲノム解読と前後して、急速に解明されてきました。受容体タンパク質かどうか、決定的な証拠となる結晶構造解析のデータも、最近になって揃いました。
しかし、植物を研究している人間ならば、植物ホルモンとして、その機能を認めようとしない者はいないと断言できるほど重要なメンバーが、ひとつだけまだ取り残されています。最後に残った道しるべ.ストリゴラクトンに、受容体タンパク質解明の明かりが灯されるのは、もうしばらくのことでしょうか。
このようなことをふまえると、標的となる受容体タンパク質など、生体分子をはっきりさせ、やりとりの分子機構を明らかにすることの重要さが、おのずと分かってもらえるでしょう。そこで「まずは植物ホルモンの受容体タンパク質が同定されていく歴史を振り返りましょう」と言いたいところですが、記事がひとつどころか、本がひとつ書けるほど込み入ったドラマになりそうです。ここでは、紙に構造式を書けるような低分子の有機化合物のうち、ストリゴラクトン以外の植物ホルモンは、2011年までに受容体タンパク質が確定していると、要点を述べるにとどめておきましょう。
さて、そろそろ本題となるストリゴラクトンの紹介に入りましょう。
1.ストリゴラクトンは寄生植物を芽生えさせる生理活性を持つ
ストリゴラクトンのひとつストリゴールは、寄生植物ストライガ(Striga )の芽生えを誘導する物質として単離されました。同様の機能を持つ化合物をまとめて、ストリゴラクトンと呼びます。アフリカを始めとする地域でとくにイネ科農作物の収量を大幅に下げるため、ストライガのような寄生植物を克服することは、農業上の大きな課題でした。しかし、ストリゴラクトンが単離されても、なぜ自分の目印になるような物質を宿主植物がわざわざ土壌中に分泌するのか、その理由をめぐって謎は深まるばかりでした。
2.ストリゴラクトンは菌根菌を活発にさせる生理活性を持つ[1]
真相はというと、ストリゴラクトンは、やはり自分がここにいるよと伝える目印でした。ただし、情報の送り手である植物は、自分に有害な寄生植物ではなく、自分に有用な菌根菌と呼ばれるカビのなかまを、情報の受け手として期待していたようです。
多くの植物は、リン酸を土壌から効率よく吸収するために、菌根菌のなかまと共生しています。新しく明らかになったところによると、菌根菌との共生は、ストリゴラクトンの仲介によって促進されます。ストライガなどの寄生植物は、この仕組みを悪用することで、宿主植物と同期して成長を始めていたというのが、ことの真相です。
しかし、残念ながら、これでめでたしめでたしとは言えません。なんと菌根は植物界に共通して見られるものではないのです。例えば、シロイヌナズナのようなアブラナのなかまに、リン酸を運んでもらうタイプの菌根はみとめられません。それにも関わらず、シロイヌナズナからもストリゴラクトンが抽出されてしまいます。リン酸を運んでくれる菌根菌とは共生しないのに、ストリゴラクトンを分泌して、寄生植物に取りつかれるリスクを、シロイヌナズナが負う理由は、いったいどこにあるのでしょうか。もう誰にも頼らないと誓い、菌根菌との契約までをも拒んだ極めつけのイレギュラー、アブラナ科植物の例外をどう説明するのか、謎はまだまだ深まります。
3.ストリゴラクトンは植物ホルモンとして枝分かれ成長を調節する[2]
異なる種類の生き物や、同じ種類でも他の個体に、情報を発信することを目的とした生理活性物質の場合、植物ホルモンとは言いません。自分自身の成長を調節する物質が植物ホルモンです。
新たに判明したところによると、ストリゴラクトンの機能は、単なる情報発信だけではありませんでした。シロイヌナズナがストリゴラクトンを作る理由は、植物ホルモンとして自分自身の成長を調節するために必要だからなのです。
枝分かれが多い変異株をモデル植物で探し出したところ、ストリゴラクトン生合成酵素の遺伝子が欠損していました。この変異株にストリゴラクトンを投与したところ、枝分かれが元に減りました。このような結果から、ストリゴラクトンには、枝分かれが多くなりすぎないように調節する機能があると結論されます。
ヒトを始めとして哺乳類の手足は合わせて4本です。何かのアクシデントがあっても、残念ながら途中で増やすことはできません。これに対して植物の場合、手足のように縦横無尽に伸びる枝の数は、環境に合わせて変化します。もし先端の芽が草食動物に食べられるといったアクシデントに遭遇しても、わきの側芽を成長させ植物は盛んに枝分かれすることで対処します。
ストリゴラクトンも環境の変動に対処するため細胞でやりとりされる信号のひとつでした。ストリゴラクトンが枝分かれに与える影響は、個体差と、厳密に合わせられない環境のノイズにまみれてしまい、それなりの数のデータを統計しないと、生理活性による必然なのか、単なる偶然なのか、判別できなかったようです。ストリゴラクトンの植物ホルモンとしての機能が、なかなか気づかれなかった理由のひとつは、ここにあります。
生理活性を指標にした単離は、抽出の過程で失活することもあって、困難を極めました。結局は、変異遺伝子について、ゲノム注釈(annotation)から、もしや生合成酵素をコードしていたのではと推測し、それらしい化合物にあたりをつけて、実際に試したところ、ドンピシャリだった、という経緯で、生理活性成分の同定に成功しています。
最近の報告
最近になって、ストリゴラクトンの知見はさらに報告されています。例えば、光シグナルとクロストークし、ストリゴラクトンは芽生えの成長を調節すること[3]。また、進化の上で、種子植物から遠く離れたコケ植物でも、ストリゴラクトンは枝分かれを調節し、さらに個体間の密度を感知するシグナルとしても機能していること[4]が確認されています。ストリゴラクトンの不感受変異株はすでに報告されており、おおかたの予想ではD3遺伝子産物とD14遺伝子産物のどちらかが受容体だろうと、研究者の間で噂されているものの、まだはっきりとはしていません。
植物はどう環境に合わせて成長を調節しているのか。その秘訣を左右する最後に残った道しるべ、ストリゴラクトンを受け取る分子機構の解明は、来年以降に持ちこしでしょうか。植物側だけではなく、菌根菌側の受容体も含めて、新たな報告が楽しみです。
追記(2012年12月)
2012年になって、ついにD14遺伝子産物の結晶構造解析が行われ、また同時に詳細な生化学分析が報告されました。D14遺伝子産物は、ストリゴラクトン代謝もしくはストリゴラクトン認識の少なくとも一方に深く関わっているようです。受容体かというと、ビミョーですが……そのあたりは論文を自分でチェックしてみてください。酵素活性をあわせ持つD14遺伝子産物(DAD2)の構造変化を、ストリゴラクトンの分解中間体が引き起こし、D3遺伝子産物(MAX2)との相互作用を通して、ストリゴラクトン信号を伝達するモデルが提案されています。
“DAD2 Is an α/β Hydrolase Likely to Be Involved in the Perception of the Plant Branching Hormone, Strigolactone.” Hamiaux C et al. Current Biology 2012 DOI: 10.1016/j.cub.2012.08.007
参考論文
- “Plant sesquiterpenes induce hyphal branching in arbuscular mycorrhizal fungi” Kohki Akiyama et al. Nature 2005 DOI: 10.1038/nature03608
- “Inhibition of shoot branching by new terpenoid plant hormones” Mikihisa Umehara et al. Nature 2008 DOI: 10.1038/nature07272 他
- “A small-molecule screen identifies new functions for the plant hormone strigolactone” Yuichiro tsuchiya et al. Nature Chemical Biology 2010 DOI: 10.1038/nchembio.435
- “Strigolactones regulate protonema branching and act as a quorum sensing-like signal in the moss Physcomitrella patens” Helene Proust et al. Development 2011 DOI: 10.1242/dev.058495
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