[スポンサーリンク]

一般的な話題

化学のちからで抗体医薬を武装する

[スポンサーリンク]

化学者の総力をあげても新しいリード化合物は見つからない!? それでも創薬における化学の役割は健在のはず。今回は、化学らしさをまとったアプローチで注目の武装抗体について紹介します。

化学と生物学が交差するとき物語は始まる

抗体とは動物が作るタンパク質の1つです。世界中の化合物をスクリーニングして調べなくても、標的と結合する抗体を作成することができるという点が、抗体医薬のポイントでした(参照:低分子医薬に代わり抗体医薬がトップに?)。

GREEN2011antibody2.png

Y字型をした抗体タンパク質

効いてほしい場所だけではなく、体全体の他の場所にも薬が効きすぎてしまうことは、抗がん剤でとくに顕著なことですが、もちろん好ましくありません。結果として、やり過ごすことのできない副作用が起こります。具体的に例をあげると、細胞分裂が盛んながん細胞を狙って医薬品を作ろうとします。しかし、このような場合、同様に盛んな細胞分裂で機能を維持している場所、免疫を担当する細胞・消化管の細胞・毛根の細胞にまで、薬が効きすぎてしまうことになります。すると、副作用として、感染症に弱くなり、下痢を起こし、頭髪が抜け落ち、といったようなことになってしまいます。

薬が効いてほしい場所にだけ薬を届ける工夫を、ドラッグデリバリーシステムと呼びます。このような様式には、いくつかのアプローチがあります。その中でも、とくに有望とされるひとつが抗体を使った方法です。抗体が効いてほしい組織の細胞を認識し、薬剤を目的の場所へと導きます。これによって、余計な場所で薬が効きすぎないように制御できます。がん組織にしてみれば、さながら「爆発物を郵送された」ようなものです。

第Ⅱ相臨床試験で良好な結果を出しており、最終段階である第Ⅲ相臨床試験が継続中、2012年に世界で申請を予定している乳がん治療薬T -DM1を例に詳細を解説しましょう。

GREEN2011arm8.png

トラスツズマブをメイタンシンで武装する。

これから例にあげていくT-DM1の抗体の部分は、トラスツズマブ(ハーセプチン)です。アメリカ食品医薬局(FDA)に認可された世界で最初のヒト化モノクローナル抗体治療薬であり、その経緯は映画『希望のちからLiving Proof)』にもある通りです。乳がんの多くではHER2(human epidermal growth factor receptor 2)と呼ばれる受容体タンパク質が過剰に発現しています。トラスツズマブの標的はがん細胞の細胞膜に分布したHER2タンパク質です。HER2タンパク質が受け取るはずだった細胞どうしのやりとりを、トラスツズマブだけでもブロックできます。しかし、腫瘍の拡大を抑えるだけではなく、腫瘍そのものを縮小させるために、もっと効果的な方法はないのでしょうか。

答えのひとつは武装抗体[1],[2]。細胞にとってとなる化合物を結びつけて抗体を武装します。

結びつける低分子化合物としては、メイタンシノイド薬(maytansinoid drug; DM)が選ばれました。メイタンシノイドとは、アフリカの低木メイテナス・セラタ(Maytenus serrata )から単離されたメイタンシン(maytansine)をリード化合物として改良された分子たちです。チューブリンと呼ばれるタンパク質が重合して、微小管と呼ばれる細胞骨格を作る過程を、これらのメイタンシノイド化合物は抑制します。微小管は細胞分裂の紡錘糸を作ったりと重要な機能を持っており、活発な細胞でチューブリンの重合が阻害されるとひとたまりもありません。しかし、これらのメイタンシノイド化合物は毒性が強すぎたため、あまり抗がん剤としては使われていませんでした。やたらめったら効きすぎてしまうのです。

GREEN2011arm2.png

メイタンシンの構造・クリックして拡大

抗体のトラスツズマブにリンカー分子をつけ、改良されたメイタンシノイドのひとつをリンカー分子にジスルフィド結合でつけると、武装抗体T-DM1のできあがりです。武装抗体T-DM1はがん組織まで来ると乳がんの細胞膜上にあるHER2タンパク質を目印にとりつきます。HER2タンパク質とともに武装抗体T-DM1がエンドサイトーシスで細胞の内部へ取り込まれると、酸化還元環境が変わりジスルフィド結合が切断、抗体に結び付けられた毒として機能する低分子化合物ががん細胞のみをやっつけます。

GREEN2011arm3.png

つまりこういうこと

 

化学が拓く次世代医薬の明日

抗体を用いたドラッグデリバリーシステムは、武装抗体T-DM1以外にも多数が臨床試験中です。低分子化合物をつなげた抗体だけではなく、放射性原子をつなげた抗体プロドラッグを切断する酵素を融合させた抗体などなど、いろいろなタイプの抗体医薬が難病の克服に向けて開発中です。光を使ったり[3]、糖鎖を改変したり[4]、さらに機能を高める工夫も研究中です。

ただ遺伝子やタンパク質を操作するだけでは、なかなか次世代医薬の先には至れないでしょう。天然化合物を単離するだけではなく、薬としてふさわしいように化学構造のデザインを改良し、発想の転換で複数のブロックを自由自在に化学結合でつなげあわせる化学のちからは、ひとの手でよりよい物質を作ろうというちからでもあると思います。

化学と生物学が交差するとき物語は始まる

生き物が進化する過程で遭遇するはずもなかったような相容れない低分子とタンパク質を結びつける。原子と原子の結合を仲介するだけではなく、周辺分野の概念と概念の間を仲介して、化学は新しい反応を引き起こす。

抗体医薬もそのひとつ。たくさんの人々の幸せのために、次のフェーズでもよい結果が得られることを祈っています。

 

参考文献・参考動画

[1] “Arming antibodies: prospects and challenges for immunoconjugates”

Nature Biotechnology 2005 Review DOI: 10.1038/nbt1141

[2] “Antibody targeted drugs as cancer therapeutics”

Nature Reviews Drug Discovery 2006 DOI: 10.1038/nrd1957

[3] “Cancer cell–selective in vivo near infrared photoimmunotherapy targeting specific membrane molecules” Makoto Mitsunaga et al.
Nature medicine 2011 DOI: 10.1038/nm.2554 

[4] ポテリジェント抗体の解説動画 http://www.potelligent.com/japanese/movie_j.html 

抗体を目印にして免疫細胞が異物を除去する作用を増強するために、抗体に課された制限を糖鎖のフコースを除くことで解除します。

 

関連DVD・関連書籍

[amazonjs asin=”4774145912″ locale=”JP” title=”ここまで進んだ次世代医薬品 ―ちょっと未来の薬の科学 (知りたい!サイエンス)”][amazonjs asin=”B004519ZJC” locale=”JP” title=”希望のちから DVD”][amazonjs asin=”4884123182″ locale=”JP” title=”ハーセプチンHer‐2―画期的乳がん治療薬ハーセプチンが誕生するまで”]

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 第10回 野依フォーラム若手育成塾
  2. sinceの使い方
  3. 高機能・高性能シリコーン材料創製の鍵となるシロキサン結合のワンポ…
  4. マテリアルズ・インフォマティクスにおける分子生成の基礎と応用
  5. Reaxys Prize 2017ファイナリスト発表
  6. アカデミアケミストがパパ育休を取得しました!
  7. 可視光レドックス触媒と有機蓄光の融合 〜大気安定かつ高性能な有機…
  8. 中性ケイ素触媒でヒドロシリル化

注目情報

ピックアップ記事

  1. 美しい化学構造式を書きたい方に
  2. インタラクティブ物質科学・カデットプログラム第一回国際シンポジウム
  3. 天然物の生合成に関わる様々な酵素
  4. “見た目はそっくり、中身は違う”C-グリコシド型擬糖鎖/複合糖質を開発
  5. 分子があつまる力を利用したオリゴマーのプログラム合成法
  6. 原子間力顕微鏡 Atomic Force Microscope (AFM)
  7. 2018年1月20日:ケムステ主催「化学業界 企業研究セミナー」
  8. ノーベル化学賞を担った若き開拓者達
  9. 第14回ケムステVシンポ「スーパー超分子ワールド」を開催します!
  10. 溶液を流すだけで誰でも簡単に高分子を合成できるリサイクル可能な不均一系ラジカル発生剤の開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2011年12月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―

第646回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教の …

大人気の超純水製造装置を組み立ててみた

化学・生物系の研究室に欠かせない超純水装置。その中でも最も知名度が高いのは、やはりメルクの Mill…

Carl Boschの人生 その11

Tshozoです。間が空きましたが前回の続きです。時系列が前後しますが窒素固定の開発を始めたころ、B…

PythonとChatGPTを活用するスペクトル解析実践ガイド

概要ケモメトリクスと機械学習によるスペクトル解析を、Pythonの使い方と数学の基礎から実践…

一塩基違いの DNA の迅速な単離: 対照実験がどのように Nature への出版につながったか

第645回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科相田研究室の龚浩 (Gong Hao…

アキラル色素分子にキラル光学特性を付与するミセルを開発

第644回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 総合研究院 応用化学系 化学生命科学研究所 吉沢…

有機合成化学協会誌2025年2月号:C–H結合変換反応・脱炭酸・ベンゾジアゼピン系医薬品・ベンザイン・超分子ポリマー

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年2月号がオンライン公開されています。…

草津温泉の強酸性硫黄泉で痺れてきました【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい!  というわけで、硫黄系の温泉であり、日本でも最大の自然温泉湧出量を誇る草津温泉…

ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法

第643回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の木之下 拓海(きのした …

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP