最近Nature Chemistry誌に公開された、Baranらによるタキサン類の全合成について紹介したいと思います。
なんてもたもた記事を書いていたら、海外の化学系ブログB.R.S.M.さんに詳しい記事が!!(-_-;) なんだか二番煎じのようになってしまいましたが日本語バージョンということでお許しください。
''Scalable enantioselective total synthesis of taxanes''
Mendoza, A.; Ishihara, Y.; Baran, P. S. Nature Chemistry 2011, ASAP. DOI: 10.1038/nchem.1196
Taxadienoneをはじめとするタキサンジテルペノイドはイチイ科植物から算出されるテルペノイドであり、現在までに350種類以上の類縁体が報告されているようです。中でもタキソールは、乳がん等に顕著な治療効果を示すことに加え、非常に複雑な構造であることも相まってこれまで多くの合成研究が展開されてきた化合物です。2011年現在までに6例の全合成が(R. A. Holton, K. C. Nicolaou, P. A. Wender, S. J. Danishefsky, T. Mukaiyama, I. Kuwajima)、1例の形式全合成が(T. Takahashi)報告されております。
しかし、いずれの合成法でも非常に長いルートを余儀なくされており、全合成による大量供給は到底不可能な状況です。これは多くの酸素官能基が密集する8員環の構築というものが非常に難しく、保護基を付けたり付け替えたり、あるいは外したり酸化したり等々の工程が生じてしまうためでした。
一方で生物はこの化合物をどのように作っているかといいますと、まずゲラニオールの2量体が環化することでTaxadieneを生成し、続いて酵素によるタキサン骨格の酸化によってタキソールを産出しています。このように生合成では化学的な全合成とは大きく異なっています。
ではなぜ化学者はこのような合成法をとらないのか?といいますと、これまでC-H結合を狙った位置で、しかも立体選択的に酸化する方法はほとんど皆無であり、極めて難しいと考えられていたためです。しかし最近の不活性なC-H結合の酸化反応の発展に伴い、このような全合成も不可能ではなくなりつつあります。
これに挑戦したのがPhil Baranです。Baranはテルペンの合成に際し、2段階に分けた合成法を提案しています。
すなわち
- 骨格の構築(cyclase phase)
- 炭素骨格の酸化(oxidaze phase)
というように、必要最小限の官能基を有する骨格を早い段階で構築し、後から酸化度を上げていくという生合成に似たコンセプトです。2009年にはこれに基づいたeudesmane類の合成を報告しています。(P. S. Baran et al., Nature, 2009, 459, 824-828. DOI: 10.1038/nature08043)
このような戦略をとることで、あらゆる類縁体の合成が容易になりますし、酸素官能基の導入が後半となりますので保護基等の必要が少なくなり工程数も削減できるというわけです。
今回の論文は、タキサン類合成の「1.骨格の構築」にあたるTaxadienoneの不斉合成をわずか7工程、しかもグラムスケールで行ったというものです。
論文中には、彼らは様々なアプローチによる合成を試みたことが記されており、最終的にAB環を分子内Diels-Alder反応で構築するルートが最も効率的であったようです。
このように全体の合成スキームを眺めてみますと、そこまで変わった反応は用いられておりませんが、反応条件に苦労の跡が伺えます。(溶媒 H2O:EtOH:toluene = 1:10:4 など)
特にアルドール反応はランタノイドのルイス酸以外では進行しなかったらしく、得られた環化前駆体もジアステレオ比が2:1と少し残念なことになっております。しかしこういったβ位が4級のエノラートのアルドール反応は往々にして選択性があまり発現しないので仕方ないかな、とも思います。このあたりの苦労話は論文中に1ページにもわたって書かれておりますので興味のある方はそちらをご覧下さい。
この合成によって最終的に1g以上のTaxadinenoneが合成できるようです。
今後はタキソールの全合成に向けて酸化を行なっていくものと推測されます。これまでのタキソール等の全合成の知見からすると、C-1位とC-13位の酸化は可能だと思われます。
問題はC-10位の酸化とC-7位の酸化でしょう。この辺にどのような酸化条件を持ってくるのか非常に気になるところであります。続報に期待したいと思います。