科学研究は一握りのエリート的な人種によって行われているように見えますが、エリートであろうがなかろうが、仕事の過程で悩み苦しみ打ちのめされ、それを乗り越えていく過程は誰しも存在します。研究者の仕事を「人間的成長を遂げるプロセス」と捉え、各ステージに必要な考え方を紹介しています。この優れた構成により小手先のテクニックに終始すること無く、広く一般の方々にも通じる内容に仕上がっています。
2009年発刊の書籍ですが、最先端研究の厳しさとやりがいを肌で感じられる良書の一つです。
「研究者の人生はアブストラクトとして数秒で消費される運命にある」
本書はまず、このような刺激的見出しから始まります。
どの論文一つとっても、数年にも及ぶ研究者のハードワークと人生が込められています。しかし情報過多とも呼べる現代にあっては、ひとつの論文を読むのに割ける時間は激減しています。ほとんどはアブストラクトを眺めただけで捨てられていくのが現実です。
裏を返せば、「論文を読んでもらい、研究者として認知してもらう為の工夫=仕事術」こそが現代の勝負フィールドではいっそう重要になっているのです。ただこういった知恵は大学・大学院教育の埒外にあり、学生に系統立てて教えられる機会はまずありません。
このような問題認識から執筆されたのが本書です。
仕事とは人間的成長を促すものである
研究者は必ずしも効率的なお金儲けができる職種ではありません。しかしながら「新たな知に誰よりも早く触れられる」ことに加えて、厳しい競争にさらされる過程での「人間的成長」こそが、人を引きつけてやまない魅力です。
本書では研究者として成長していくプロセスを10のエクゼクティブ・サマリーとしてまとめあげており、各ステージに必要なエッセンスについて詳しく論じる構成になっています。
1. 興味を持てる得意分野を発見する
2. 最初は自分で学ぶ
3. 師匠を持つ
4. 現場で恥をかく
5. 失敗を恐れつつも、果敢に挑戦する
6. 自分の世界で一番になり、成功体験を得る
7. 研究者としての自信をつける
8. 井の中の蛙であったことに気づき、打ちのめされる
9. すべてを知ることはできないことを理解する
10. それでも、自分の新しい見識を常に世に問うていく(謙虚ではあるが臆病ではない)
「院生→ポスドク→助教→講師→准教授→教授」といったよくある肩書き評価ではなく、「普通の研究者の人間的成長」を軸にした研究キャリアの捉え方というのは、これまで研究者の間では広く認知されていなかったものです。しかしながらキャリアの多様性が進む現代事情にあって良く適したものであり、優れた視点だといえるでしょう。
特に1.で述べられている
「好き」より「得意」を戦略的に優先させる
「好き」だったことを突然嫌いになることはあるが、「得意」なことが突然苦手になることはめったにない。「長所を強化」し、「得意」をまず仕事にし、周りから認められることで、仕事が「好き」になっていく。このポジティブ・フィードバックを利用し、「興味の持てる強い分野」を開拓していくことが薦められる。
という視点は、職種選びやキャリアパスに悩むことが多い大学生・大学院生の皆さんにとって、一つの明確な指針となってくれるのではないでしょうか。「面白いと思わなかった仕事でも、やっていくうちにだんだんと面白くなっていく」という現象は、つまりはそういうことなのです。
また4.以降の話は、学生を指導したり、ラボを運営したりする立場の独立的に物事を進めようとしている人材にこそ響くものとなるでしょう。詳しくは述べませんが、いずれも研究者としてのキャリアを歩む上で、避けては通れない話ばかりだと感じられました。
本書の根底にある考え方は、ビジネス書のベストセラーを元に組み立てられています。そのためどのような仕事にも通じるエッセンスが濃密に盛り込まれています。また有名ビジネス書が参考文献として添えられているので、そこからさらに深く学ぶことも可能です。
「今は研究をやっているけど、ビジネスにも興味があるんだ」という方でも、読んで全く損はありません。プロの研究者として歩むことを決めている人はもちろん、現役のプロ研究者にとっても、至上の指南書になってくれることでしょう。
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ハーバード大学・医学部留学独立日記
著者・島岡要氏のブログ。含蓄ある意見が多く語られており、研究者をめざす人なら必読です。